会社を経営していると、『取引先のあの会社が売却したらしい』という話を聞くことはありませんでしょうか?
『M&Aなんてうちには関係ない』と考えていたかもしれませんが、昨今ではM&Aが会社経営において有効な経営手段として身近なものになっています。中小企業白書によれば、M&Aの件数は4000件を超えたというデータが紹介されています。
今回の記事では、
- 自社の売却はまだ当分先だけど、M&Aの情報は集めておきたい
- 自社の売却の検討を始めたばかり
- 自社の売却について本格的に検討している
という経営者の方々に向け、どのように進めていけば『より安全』なM&Aを実現できるかを10のステップに分けて説明していきます。
ステップごとの名前だけを見れば難しいかもしれませんが、本文で分かりやすく説明していますので安心して読み進めてください。M&Aを進める際にどのようなステップでどのような対応が必要になってくるか、注意点も含めて理解していただけます。
目次
1.M&Aは手段であって目的ではない! M&Aを進める前の心構え
10のステップの具体的な説明に入る前に、まずは下部のチェックシートを用意しました。皆さんはいくつ当てはまりますでしょうか。
チェック欄 | 項目 |
---|---|
6年以上育てている“右腕”が、思うように成長してくれない | |
番頭と言われる人がおらず、経営の大事な部分はほとんど社長の自分がやっているからしんどい | |
重病ではないものの、自身の体調が万全ではなく、経営を続けていくことに不安がある | |
新型コロナウイルスの影響で会社を経営することが正直怖くなった | |
燃え尽き症候群。社長を辞めて楽になりたい | |
採用が思うように進まず、社員の平均年齢が45歳を超えてしまった | |
他にやりたいことができた。自分はハワイでガーリックシュリンプ屋を営みながらのんびり暮らしたい | |
一人息子が大企業に就職し順調に働いている。今さら自社のような小さな会社に戻ってくることは良くないと思う | |
息子を後継者候補として社内に迎え入れたが、経営者の器ではない |
いかがでしたでしょうか。
実は、このチェックシートの項目は実際に会社を売却された方の『売却理由』を並べたものです。M&Aの実施は後継者が育たない(もしくは、後継者がいない)から、という理由だけではありません。100人の経営者がいれば、100通りの理由で会社を売却するに至っているのです。もしチェック欄に一つでも当てはまった方、似たような状況にいらっしゃる方はM&Aを検討されることが良いかと思います。
さらに、M&Aを進める前に、M&A仲介のプロフェッショナルとして皆さんにお伝えをしていることがあります。それは、「M&Aは手段であって、目的ではない」ということです。
当たり前のことかもしれませんが、会社経営において『課題』は必ず発生すると思います。大事なことはM&Aを使ってこれらの課題を解決することです。M&Aをすること自体が目的にならないようにしてください。
なぜこのような話をM&Aの進め方の10ステップに入る前にするのでしょうか。
実際にM&Aを進められたオーナーの話を聞くと、M&A仲介会社の中には『売りましょう』という話ばかりに集中し、会社の売却金額や売却後のオーナーの働き方などの条件面を詰めることに始終しているケースが多くあるからです。
『会社がいくらで売れればいい』ということはとても大切です。しかし、それにとらわれすぎず、いくらで売却できたことによって『やりたいことができるのか』『どんな目的を達成できるのか』に焦点を当ててM&Aを進めていくことが必要です。
極論ですが、目的を達成するためであればM&Aである必要はありません。ご自身の人生や会社の将来について様々な可能性を模索し、M&Aが最適であると確信できた場合は進めていくことが良いと思います。
2.10ステップで見るM&Aの進め方 それぞれの特徴や対応を紹介
それではM&Aの各ステップの特徴や対応を見ていきましょう。
2-1 初期相談
現状を率直にお伝えください。
初期相談はどのような可能性があるかを検討していくものです。この初期相談ではM&Aありきではなく、さまざまな可能性を模索することが不可欠であり、『目的』をしっかりと定めることが一番大事であると理解してください。
M&Aがうまく実現でき、かつ、M&A後も良かったというオーナーは
『私は〇〇がしたい』
『うちの会社は△△に困っているので、それを解決したい』
という明確な課題や目的を持っています。そこから逆算し、M&Aを進めていくケースが多いです。
逆に、M&Aをうまく実現できなかったり、かつ、M&A後に後悔したりしているオーナーは、決算書などの分析から
・『自社はこれぐらいで売れるんだな』
・『こんな相手だったらいいか』
というM&Aの条件を中心に進めていきがちです。そのため、目的があいまいになってしまい、想像と違った形の着地をしてしまうことが多くあります。
繰り返し申し上げますが、M&Aは手段であって目的ではありません。そのことを念頭に置くだけで初期相談に対する心構えはできています。その上で簡易株価計算や候補先リストなどをもとに、「M&Aをしたらご自身の目的が達成できるのか」を検討するのがよいかと思います。
なお、自社の決算書や情報をM&Aアドバイザーを含む外部に提供される場合は必ず秘密保持契約書(※1)を締結した上で情報開示するよう心掛けてください。悪質な業者は秘密保持契約を結んでいないことを都合のいいことに他社に情報を漏らすことも想定できます。また、そうしたトラブルが実際に発生していることも耳にします。自社の自己防衛の観点から細心の注意を払うようにしてください。
(※1)秘密保持契約書…譲渡企業から提供される情報を第三者に漏洩しないことを約束するために両者間で結ぶものです。 取引の安全性を確保し、信頼関係を築きます。
2-2 譲渡企業の分析・M&Aの提案
詳細な情報によりイメージを固めていきます。
このステップでは、初期相談を経て一定程度ご自身の目的がM&Aを進めることで実現できる場合に、さらに詳細な情報によりイメージを固めていきます。
M&Aアドバイザーは初期相談の内容やいただいた資料に加え、さらにたくさんの情報から譲渡を検討される企業の財務やビジネスモデルなどを分析します。また、M&Aのプロセス、M&Aのディール(さまざまな交渉をする)上で発生しうる問題やトラブルの洗い出しとその対応方法の検討、最後に想定されうるスケジュール等の説明をします。
ここまで来ると、いよいよM&Aが本格的に始動しはじめる状況と言えます。ぜひとも皆さんにやっていただきたいことは、M&Aの専門家を複数ご検討いただくことだと思います。
M&Aの専門家と一口に言ってもその特徴や考え方はさまざまです。特に重要になるのが貴社を担当される担当者の実績や実力です。会社以上に担当者を選ぶ基準を軸におき、その担当者との相性を含めて自分の人生をその担当者に託していいのか、をしっかりと見極めてください。M&Aの担当者の選び方は、下記のURLも参考にしてください。
■関連URL:M&Aアドバイザリーとは? 知らないと損! 本当に押さえるべき選び方と注意点7選
会社の売却を希望されるオーナーの中には『どこの仲介会社も同じようなことを言う』と話される方が多くいます。そうした場合、そのオーナーはM&Aの経験が少ない担当者と会っている可能性が高いです。注意深く接することをM&A仲介のプロフェッショナルとして強くお勧めします。
2-3 アドバイザリー契約書の締結
この契約書を締結してからM&Aを本格的に進めることになります。
アドバイザリー契約書とは、譲渡を検討している企業やオーナーがM&Aの実行に向けて、M&Aの支援機関との間で交わす契約書です。アドバイザリー契約書締結時点での着手金の有無や月額報酬・成約報酬など料金の取り決めは支援機関ごとに異なりますので、しっかりと確認することが必要です。
最近では、『着手金無料、完全成功報酬』といううたい文句がM&A仲介業界で主流になっていると思います。たしかにM&Aが実現するまで費用が一切発生しないことは魅力的である一方、大きなトラブルが発生していることも事実です。私たちが認識する限りで最もトラブルが発生しやすいのは、『着手金無料、完全成功報酬、非選任契約』というものです。着手金や手数料などについては、下記の関連URLも参考にしてください。
■関連URL:3分でわかる!!M&A仲介手数料で得するヒト・損するヒト(売却オーナー編)
2-4 譲渡企業の詳細分析・お相手への提案書作成
譲渡企業の詳細な分析を丁寧に行っていきます。
M&Aのディール上で最も大切なことは、このステップを丁寧に行うことです。M&A仲介をする立場として、譲渡企業をどれほどまでに深く理解し、魅力的に伝える準備をすることが、M&Aの相手を探す上で重要になります。
企業の分析は大きく分けて
(1)財務分析(企業価値評価=いくらで売却できるのか)
(2)税務リスク・法務リスク・労務リスク等のリスクの確認及びその対処法の準備
(3)ビジネスの分析
の内容になります。
公認会計士や税理士、弁護士、社労士などの専門家を交えて議論し、あらゆる角度から企業の実態を明らかにしていきます。このステップでは、書面を中心に事業や財務内容、取引先、金融機関、契約書、従業員の情報などの確認からスタートします。数時間にわたるヒアリング(複数回になることが一般的)からM&Aアドバイザーがさまざまな仮説を準備し、初期検討で定めた目的達成のための議論を重ねます。
ここで大切なのが『より魅力的な提案をする』という視点です。
上記の分析は書面をベースに譲渡企業の現状をきれいにまとめるという作業です。これを行うことが日本のM&A仲介における『企業分析』とされていますが、不十分なケースが散見されます。詳細については具体例をコラムとして記載しますのでご参考にされてください。
コラム① 企業をより魅力的にみせるM&Aアドバイザーの“職人芸”とは?
皆さんは『名刺』の力をご存じでしょうか。
これは決算書などの数値をもとにした分析だけでなく、企業をより魅力的に提案するための工夫がM&Aの成約に結びついた事例です。なお、事例は特定を避けるため、一部を抽象化、編集した上で紹介します。
譲渡企業A社は、ある大手M&A仲介会社に自社の売却を依頼し、1年以上も相手を探していました。新型コロナウイルスの影響も相まって業績が芳しくなかったことから、希望される条件や相手が出てこない状況でした。
とある縁で弊社に相談をいただきましたが、M&Aの進め方について話を聞くと、通り一遍のヒアリングや資料収集しかされてこなかった実態が明らかになりました。A社の強みは、大手取引先との長年にわたる信頼により多様な情報が他社に先んじて入ることでした。これは1年や2年で培われるものでなく、代々の創業者一族が大手取引先との関係を深く続けてきたことに他なりません。ここには目に見えない価値があるのです。
条件面等の交渉については割愛しますが、譲受企業がA社とのM&Aを決断した大きな要素には、自分たちのグループにA社が入ってくれることで、A社が築いた関係性がより太く、より大きくなると確信した点がありました。
A社の決算書や表面的な資料からではその情報は読み解けませんでしたが、それを確からしめる工夫を弊社として凝らしました。
その工夫の一つが『名刺』です。弊社は大手取引先との関係性を確認するためにA社の経営陣が交換をした名刺をすべて洗い出しました。そして、その名刺にあるすべての方々にA社を通じてコンタクトを取りました。
すると、過去に名刺を交換した方々は、大手取引先の中で出世をされていたり、関連会社(子会社等)の代表取締役や要職に就いていたりするなど取引を拡大する上で重要な役割と権限をお持ちの方ばかりでした。そのため、A社の取り扱う製品だけでなく、グループ化をした際の譲受企業の製品やサービスについて議論(秘密保持を前提に特定できない形での交渉)したところ、ビジネスに発展する可能性が高いという状況が生まれました。
これを受け、譲渡企業の代表の方は、『決算書以上の価値が自社にはある。M&Aをすることで我々は大きな利益を手に入れることができる』とご判断いただき、成約に至りました。
本件はこの『名刺』に限らずA社の隠れた強みをお聞きし、それを形にしてご縁をつなぐことができたと考えています。A社のオーナーからは『ここまで調べるのか』と何度も仰っていただきましたが、M&Aの実現を支える黒子の立場としては最大限の誉め言葉として受け取っています。M&A works は皆さんのM&Aを実現するために真摯に対応させていただいております。
■関連URL:M&Aworks 問い合わせ
2-5 譲受企業への提案開始
分析結果をもとに適切な譲受企業へのアプローチを始めます。
(1)譲渡企業が特定できないレベルでの情報提供
(2)譲渡企業の具体的な企業名や財務内容、ビジネスモデル等を情報提供
の2段階に分けて提案をします。この提案については譲渡企業の了承を得た先にのみに提案します。
同業をはじめとした様々な企業にM&Aの可能性を模索するため、慎重に提案を進めていくことが必要になります。関心を持った譲受企業の中から譲渡企業サイドと条件が合致しそうなお相手と情報交換をさらに深めることになり、最終的に買収意向の強い譲受企業が現れた場合に次のステップに進むことになります。
2-6 譲受企業からの意向表明書・トップ面談
お互いの考え方や人柄を知る重要なステップです。
これまでのステップをもとに譲受企業が譲り受けしたい条件を譲渡企業に書面で提示します。これを買収意向表明書(LOI)といいます。LOIは基本的に法的拘束力を持ちませんが、交渉をスムーズにするための大枠の条件や進め方を示しています。主に、買収価格、M&Aの主要条件(M&A後の譲渡企業オーナー等の働き方やM&Aのスキームなど)、デューデリジェンス(買収監査)の進め方などが盛り込まれることが多いです。
このLOIをもとにトップ面談が行われます。この面談はM&Aを行う企業の経営者同士が初めて直接会う機会となり、お互いの人柄や考え方を知る重要なステップになります。双方のビジョンやM&Aの方向性、お互いの期待値などを共有し合います。
M&Aの交渉は状況に応じて柔軟に対応する必要があり、たとえばLOI提出前に譲受企業側から『会いたい』と求めてくるケースもあります。その時々の判断にはなりますが、譲渡企業は条件が一定程度示されてから会うことを強くお勧めします。なぜなら、譲渡企業は一方的に自社の内部情報を相手方に開示するという、ある意味で不利な立場にいるためです。買収の意向が相当程度強い場合を除いては、ノウハウが一方的に取られるだけということを避けるべきであると考えます。こうした点から、M&A仲介会社の『とりあえず会いましょう』という発言があった場合は気を付けてください。
2-7 基本合意契約書の締結
譲渡企業が今までの候補先の中からお相手を1社選び、本格的な交渉相手とする段階です。
交渉が進み、譲渡企業と譲受企業の双方が一定の合意に達した段階で基本合意契約書が締結されます。この基本合意書には①M&Aのスキーム②企業の売却価格③基本合意後のスケジュール(DDや最終契約)などが盛り込まれます。2-6のステップ(LOI)をもとに行ったトップ面談以降での交渉を踏まえ、条件を整えて合意するものです。
この基本合意契約書を締結した際には、『独占交渉権』が発生する場合がほとんどです。結婚でいう“婚約”に当たるとも言われ、譲渡企業は他の譲受企業とのM&Aに関する交渉をストップする形になります。なぜなら、次のステップにある買収監査や(時には)金融機関からの資金調達の準備など、譲受企業は社外の方々との調整を本格的に進めたり、そのための費用が発生したりするからです。本格的に交渉を進めるには独占交渉権が必要になると言われています。
しかし、この時点での合意内容には法的な拘束力はないことが多いため、買収監査後の条件調整などで折り合いがつかない場合はM&Aを実行しないということも可能ではあります。
2-8 デューデリジェンス(買収監査)
譲渡企業の実態を明らかにするために弁護士や税理士などが譲渡企業を調べます。
譲受される前の段階で最も重要なのが、買収監査を指すデューデリジェンスです。この過程では、譲渡企業の財務、税務、法務、ビジネス、労務などの実態を明らかにするため、弁護士や税理士、社労士などの専門家を活用して徹底的に調べ上げます。併せて、実際に誰がどのように譲渡企業を経営しているのかを調べるため、マネジメントインタビューと呼ばれるインタビューを実施します。
買収監査では資料の提出を相当求められ、時には1,000を超える質問が投げられることから、譲渡企業オーナーに大きな負担がかかると言われています。ここでお伝えできるアドバイスは、準備と経験豊富なM&Aアドバイザーの存在です。買収監査に突入してから資料を準備するのではなく、前もって準備をしておく(弊社では2-2、2-3のステップで相当程度の準備をします)ことで、その負担を減らすことが可能になります。
M&Aアドバイザーの丁寧な説明により、専門家が納得できる状況を作ることも大切です。重ねて言いますが、譲渡企業オーナーとしては大きな負担がかかりますので、このステップを乗り越えるための心持ちや準備をされることをお勧めします。
2-9 最終的な契約書の締結(株式譲渡契約書など)および決済
買収監査を経て最終的な条件を固めていくステップになります。
M&Aではお互いの合意を形成するためにさまざまなスキーム(M&Aを実行するための手法)を採用することがあり、それに応じて最終的な契約書をまとめていきます。スキームの一部をこのステップの下部にまとめますのでご確認ください。
最終契約書と言われるM&Aを成約するために結ぶ契約書(株式譲渡契約書や事業譲渡契約書)は、ここまで重ねてきた交渉をすべて取りまとめ、文書に落とし込んだものです。これまでの交渉で論じてきた内容はこの契約書に記載をされていることを除いて失効します(弊社で仲介をした最終契約書の条文例は下記のような形になります)。
<完全合意>
第〇条 本契約は、本件株式譲渡その他本契約における対象事項に関する売主ら及び買主の最終的かつ完全な合意を構成するものであり、かかる対象事項に関する本契約締結日までの両当事者間の一切の契約、合意、約定その他の約束(書面によると口頭によることを問わない)は、本契約に別段の定める場合を除き、本契約締結をもって失効する。
M&A仲介業界には『M&Aは契約書である』という格言があるのですが、双方の主張や今後の対応についても現実的な範囲でできるだけ細かく記載することで後のトラブルを避けることができます。なお、弁護士法人でないM&Aアドバイザリーは、法律事務等ができないため、あくまで草案をつくり、それぞれの当事者を通じて弁護士に確認していただく流れになります。
最終契約書が締結された場合、その条項に従い条件が整った際には、譲渡オーナーが所有している株式を譲受企業に譲渡し、譲受企業は譲渡オーナーに対し対価を支払うことでM&Aが成立します。最終契約書が締結された日に決済が実行されるケースもあれば、最終契約書を締結したものの特殊な条件(クロージング条件と言います)を満たした場合に決済が実行されることもあります。
この最終契約書の締結や決済でM&Aの交渉は終了しますが、ここからが本当のM&Aのスタートです。契約調印のセレモニー(調印式)等を執り行うことが多いですが、その際に譲渡オーナーは今までを回顧し、涙される方もいます。M&Aアドバイザーとして心からこの仕事をして良かったと思える瞬間です。
そして、それを引き継ぐ譲受企業側も襟を正し、大きな責任を負うという覚悟があらためてできる瞬間であるとお聞きします。
【スキーム例】
(1)クロージング条件:株式譲渡等を実行する場合の条件となるものです。具体的に言えば『譲渡企業の重要な取引先がこの株式譲渡に対して承認してほしい』、『引き続き取引を継続してくれることが条件で株式譲渡を実行する』など。この際には最終契約書を締結し、株式譲渡等を実行する決済日を分けて設定します。その間にこのクロージング条件を満たす必要があります。その他の例として、キーマンの承諾や金融機関の融資条件の確定、会社分割や許認可など個別の事情に応じて条件を設定します。
(2)アーンアウト:M&Aにおける対価の支払いを調整するものです。一般的にM&Aの買収対価は一括で支払われますが、譲渡企業が一定期間内に定められた目標を達成した場合にあらかじめ設定していた対価が追加で支払われます。
(3)エスクロー:譲渡側と譲受側の間に金融機関等の第三者を介在させて代金を受け渡すものです。譲渡企業にとってはエスクロー事業者が代金を保管するので入金額を確認でき、M&Aに対して安心感を持つことができます。譲受企業にとってはM&Aが完了するまでに譲渡企業への入念な調査を実施することができます。
(4)2段階イグジット:未上場の企業がM&Aでまず大企業の傘下に加わり、その後にIPO(新規上場)を目指すものです。譲渡側としては上場を見据えた企業価値評価でM&Aが可能になるほか、大企業の経営資源を利用できるようになります。一方、譲受側からすれば、買収した企業の創業者がIPO前に辞めてしまうなどのリスクを減らすことができます。
これらはスキームの一部ですが、M&Aでは契約当事者である両者の目的を達成するために様々な手法を考えていきます。
コラム② M&A業界の格言からみるM&Aアドバイザーの見極め方とは?
2-9で『M&Aは契約書である』というM&A仲介業界にある格言を紹介しました。この格言から鑑みると、良いM&Aアドバイザーの見極め方として、『契約書』について知識を豊富に有している必要があるとも言えるのではないでしょうか。
半年、1年という長い期間の交渉を経て最終契約書の締結まで導くM&Aアドバイザーは、交渉の過程で発生する様々な条件や希望をどのように契約書にまとめていくかをイメージし、その都度弁護士の助言をもらいながら形にしていくものです。
2-2の『譲渡企業の分析・M&Aの提案』でも記載しましたが、M&Aアドバイザー個人がしっかりとした知識を持っていない限り交渉の瞬発的な対応ができません。良いM&Aを実現するには、M&Aアドバイザー個人の資質を見極めることは大切になるかと思います。
2-10 提携開始
いよいよ提携の始まりです。経営体制・組織の統合、業務システムの統合、人事制度の策定などを進めていきます。この時点で従業員や取引先への開示を行うことが一般的で、これは新たなスタートを切るための大切なプロセスです。
譲渡オーナーは『従業員や取引先から逃げたと思われるのではないか』などと不安に思われることもしばしばですが、『おめでとう。これで安心して会社が継続するね』と言っていただけるケースが多いです。M&Aと結婚は似ていると言われていますが、まさしくここからがスタート。結婚した両者が幸せになるために協力し合いながら経営していくことが良いと思います。
3.M&Aを進めたオーナーは、「悩み」をどう解決したか
この記事の序盤で用意した『チェックシート』を覚えていますでしょうか。
チェック欄 | 項目 |
---|---|
6年以上育てている“右腕”が、思うように成長してくれない | |
番頭と言われる人がおらず、経営の大事な部分はほとんど社長の自分がやっているからしんどい | |
重病ではないものの、自身の体調が万全ではなく、経営を続けていくことに不安がある | |
新型コロナウイルスの影響で会社を経営することが正直怖くなった | |
燃え尽き症候群。社長を辞めて楽になりたい | |
採用が思うように進まず、社員の平均年齢が45歳を超えてしまった | |
他にやりたいことができた。自分はハワイでガーリックシュリンプ屋を営みながらのんびり暮らしたい | |
一人息子が大企業に就職し順調に働いている。今さら自社のような小さな会社に戻ってくることは良くないと思う | |
息子を後継者候補として社内に迎え入れたが、経営者の器ではない |
ここに挙げた項目は実際に会社を売却された方の『売却理由』を並べたと説明しましたが、これに該当した会社のオーナーがどのように悩みを解決したのか、以下で紹介していきます。
- 6年以上育てている”右腕”が、思うように成長してくれない
- 番頭と言われる人がおらず、経営の大事な部分はほとんど社長の自分がやっているからしんどい
譲渡オーナーが育てた右腕や番頭の方と話し合い、結論としてM&Aをすることによりプロ経営者を招聘することにしました。これにより、現場は右腕や番頭の方に任せ、財務や金融機関との対応をはじめとした経営業務はプロ経営者が担うことで、譲渡オーナーは安心して引継ぎを行うことができました。
- 重病ではないものの、自身の体調が万全ではなく、経営を続けていくことに不安がある
オーナー兼社長の体調を考慮し、M&A後は週3回の出勤という条件をつけ、相手探しをしました。結果として、週1回の出勤かつ週2回のリモート勤務という形を採用し、仕事と体調の折り合いをつけての継続勤務が可能になりました。
- 新型コロナウイルスの影響で会社を経営することが正直怖くなった
新型コロナウイルスの影響で浮き彫りになった事業ポートフォリオが一つに集中しているという問題を解決するため、複数事業を展開している会社との提携を実現させました。これにより、安定化を図れただけでなく、他業種との連携により思わぬシナジーも生まれました。
- 燃え尽き症候群。社長を辞めて楽になりたい
- 他にやりたいことが出来た。自分はハワイでガーリックシュリンプ屋をしてのんびり暮らしたい
M&Aを検討する際に譲受企業の候補を同業に絞って探すことにしました。なぜなら、同業であれば、そのビジネスに対する理解や人材も多く抱えているケースが多いためです。そのため、譲受企業から経営者候補を送り込んでもらうことにより、自社の経営が安定して継続する仕組みを整えました。
- 採用が思うように進まず、社員の平均年齢が45歳を超えてしまった
譲渡企業はメーカーであり、業務内容の特殊さや勤務形態から若い人材が集まらない状況にありました。そのため、技術者の派遣をしている譲受企業を選定し、安定して人材が供給できる仕組みを整えました。
- 一人息子が大企業に就職し順調に働いている。今さら自社のような小さな会社に戻ってくることは良くないと思う
- 息子を後継者候補として社内に迎え入れたが、経営者の器ではない
後継者候補がいる場合はオーナーの独断ですべてを決めるのではなく、後継者候補本人の考えや意思を確認することが大事です。いずれの件も息子と向き合って話ができていなかったため、話す機会のアイデアや内容を工夫し、深く話し合うことから始めました。結論として第三者に売却するという方向になりましたが、これを機に家族間の話し合いや集まりが増えたそうです。
4.まとめ
M&Aの進め方を理解できましたでしょうか?
M&Aといえば専門的で難しそうなイメージもありますが、決してそんなことはありません。M&Aに精通した専門家が隣にいることで、丁寧に進めていけば安全なM&Aを実現することは可能です。
こうしたM&Aは、会社もしくはオーナー個人の『悩み』の解決を出発点にすることがほとんどです。チェックリストの項目に該当する、またそれに近い状況であるオーナーの率直な気持ちや現況の整理から方向性を決めていくことが大切になります。
一人で整理することが難しい場合はM&Aの専門家に相談することをお勧めします。M&A worksに在籍するアドバイザーにぜひお気軽にご相談ください。
■関連URL:M&A works 問い合わせ
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