
M&Aのプロセスには様々なステップがありますが、その中でも重要なのが、基本合意書の締結です。これは、譲渡・譲受の条件がある程度具体化した段階で交わされる書類で、M&Aを円滑に進めるための書面になります。
しかし、「基本合意書とは具体的に何?」「どんな項目に注意すればいいのか?」と疑問を感じる方も少なくないでしょう。記載内容によっては法的な拘束力を持つ場合もあり、安易に締結すると後でトラブルに発展する可能性もゼロではありません。
この記事では、M&Aを検討し始めたばかりの経営者の方々が安心して基本合意契約に臨めるよう、その締結の目的や重要性、記載される内容、そして注意すべきポイントまで、網羅的に紹介していきます。
※本コラムでは法律的な見解を述べるものではなく、あくまで一般論として記載をしております。法律的な見解を含む具体的な法務アドバイスは、顧問弁護士をはじめとする弁護士のお力をお借りするようにしてください。
(監修:弁護士法人前堀・村田総合 弁護士 東口良司)
目次
1. 基本合意書とは交渉段階での合意内容の確認書のこと
まずこの章では、基本合意書を締結するタイミングから、よく混同されがちな意向表明書や最終契約書との違いについて紹介していきます。
1-1. 基本合意書は契約内容が大まかに決まったタイミングで締結する
基本合意書は、M&Aの交渉が具体的に進み、譲渡企業・譲受企業の経営陣によるトップ面談等を経て、大まかな取引条件が共有されたタイミングで締結されることが一般的です。なお、M&Aにおいては、資金繰り等の関係で、クロージングを急ぐ必要がある場合などには、基本合意書を締結せず、最低限の秘密保持契約の締結のみに留めて、最終契約締結に進むケースもあります。
当事者間で大まかな取引条件が共有された段階では、例えば「この会社をいくらで、どのようなスキーム(株式譲渡か事業譲渡かなど)で譲渡・譲受するか」といった、M&Aの骨格となる部分が共有され、両者の間で「このM&Aを進めていこう」という意思が固まったことを書面にするのが、基本合意書の役割です。
しかし、この時点では一般的に、M&Aの最終的な条件は確定していない場合が多いとされています。基本合意書の締結後に実施されるデューデリジェンス(買収監査)の結果によっては、当初合意した内容が見直されたり、条件が変更されたりする可能性も十分にあります。
1-2. 意向表明書や最終契約書との違い
基本合意書は、M&Aの交渉プロセスにおける重要な書類ですが、あわせて意向表明書や最終契約書など関連するほかの書類との違いにも留意する必要があります。
意向表明書とは、譲受企業が譲渡企業に対して「この会社を買収したい」という意思と、そのための具体的な希望条件(買収価格、スキーム、スケジュールなど)を一方的に書面で提示するための書類のことです。あくまで買収側からの一方的な「提案」であり、売却側との合意事項を反映したものではないため、一般的には法的拘束力を持たないことが多いです。
また、最終契約書は、基本合意の内容を踏まえ、デューデリジェンスを経て最終的なM&Aの全ての条件を詳細かつ具体的に定めた契約書となります。最終契約書には株式譲渡契約書や事業譲渡契約書が該当し、法的拘束力を持ちます。
一方、基本合意書は、最終的な取引内容を確定させるものではなく、あくまでも交渉の途中経過を示す書類という位置付けとするのが一般的です。
2. 基本合意書の締結には、主に4つの目的がある
基本合意書は、M&Aの成功に向けて、譲渡側と譲受側の双方にとって重要な意味を持つ書類です。主な目的は以下の4つが挙げられます。
・重要な論点の合意を確認するため
・独占交渉権を設定するため
・買収価格を設定するため
・M&Aのスケジュールを明確にするため
ここでは、それぞれの目的がなぜ重要なのかを解説します。
2-1. 重要な論点の合意を確認するため
基本合意書の目的の1つとして、重要な論点について譲渡・譲受企業の合意を確認することが挙げられます。
M&Aの交渉過程では、企業の規模や事業内容、M&Aの方法、買収価格の算定根拠など、さまざまな検討事項があります。これらの論点について、当事者間で共通認識が醸成されているかどうかを確認することが重要です。
買収価格の算定方式や、買収前提条件の有無、デューデリジェンスの範囲、期間設定など、取引成立に直結する重要事項について、双方の合意状況を記載することで、交渉のブレをなくし、M&Aをスムーズに進めることが期待できます。
この合意がないまま次のステップに進むと、後々「話が違う」といった認識のズレが生じ、交渉が中断してしまうリスクも高まるため、この時点での合意を確認することをおすすめします。
2-2. 独占交渉権を設定するため
基本合意書を締結する目的の一つが、独占交渉権の設定です。この条項は、M&Aの交渉の安定性と確実性を高める上で大きな意味を持ちます。
独占交渉権とは、基本合意書を締結した譲受側が、譲渡側に対して「一定期間、私たちとだけM&Aの交渉を進めましょう」と求める権利のことです。この権利が設定されている期間中、譲渡側は他の譲受候補者とM&Aに関する交渉を進めたり、関連情報を提供したりすることが制限されます。
独占交渉権を付与することで、譲受側からの「本気度」を引き出し、その買収側との交渉に集中できるため、取引実現の確度を大幅に高めることに繋がります。
2-3. 買収価格を設定するため
基本合意書には、買収価格についても記載されることがあります。M&Aの交渉において、買収価格は最も意見が対立しやすいポイントの一つです。そのため、この段階で大枠の価格帯について合意しておくことは、その後の交渉をスムーズに進める上で重要になります。
一般的に、基本合意書に記載される買収価格は、その後に実施されるデューデリジェンスの結果次第で変動する可能性があります。M&Aのプロセスにおいて、デューデリジェンス後に買収価格が上がるケースは稀であるとされ、むしろ調査の結果、簿外債務や他のリスクが発見されて価格が引き下げられたり、場合によっては交渉が中止になったりすることもありえます。
基本合意書に記載された価格は、法的な拘束力を持たない「目安」として扱われることがほとんどです。その場合、「基本合意書通りの価格で必ず売却できる」という確約ではないことに留意が必要です。
2-4. M&Aのスケジュールを明確にするため
基本合意書は、M&Aのプロセス全体のスケジュールを具体的に明確にするためにも重要な役割を果たします。
M&Aの実施には、デューデリジェンスの実施、資金調達など、さまざまな手続きが伴うことがあります。これらの手続きを行うスケジュールを明確に定めることで、今後の見通しが立てやすくなると言えます。
例えば、デューデリジェンスの期間設定や、最終契約書の締結時期、クロージングの予定日などは基本合意書内で決めておきたい項目とされています。M&Aは予期せぬ遅延のリスクもあるため、明確なスケジュール設定を行いましょう。
3. 基本合意書の法的拘束力を持つ条項と持たない条項
基本合意書を締結する際は、「法的拘束力を持つ条項」と「持たない条項」の区別を理解しておくことが重要です。この区別を曖昧にしたまま締結をしてしまうと、予期せぬトラブルや誤解に繋がる可能性があります。
ここでは、基本合意書に規定されることが多い主な条項が、それぞれ法的拘束力を持つ条項とされることが多いか、持たない条項とされることが多いかを記載します。
3-1. 法的拘束力を持つ条項
基本合意書に含まれる条項の中で、法的拘束力を持つ条項とされることが多い重要な条項としては、主に以下の3つが挙げられます。
・独占交渉権
・秘密保持義務
・その他(解除、独占交渉権・秘密保持義務の効力に関する条項など)
独占交渉権は、譲受企業が譲渡企業に対して一定の期間、独占的に交渉できる権利のことです。あわせて、独占交渉権の効力が発生する期間や、独占交渉権に違反した場合の違約金などについても設定されます。
また、機密情報の取り扱いについて、譲渡企業・譲受企業の双方に秘密保持義務が課されます。第三者に対して公表や開示、漏えいさせてはいけない内容が記されるのが一般的です。秘密保持義務も効力が発生する期間や、違反した場合の損害賠償についても設定する場合があります。
そのほかにも、合意書の解除条件や一部の一般条項にも法的拘束力が付与されるケースがあります。法的拘束力の有無については、個別の案件内容によって異なることに留意が必要です。M&Aアドバイザリーが弁護士又は弁護士法人ではない場合、法律に対する見解を述べることはできません。したがって、基本合意書を締結する際は、法的観点の確認のためにも、弁護士をはじめとする専門家の確認を受けることを強くおすすめします。
3-2. 法的拘束力を持たない条項
基本合意書には、法的拘束力を持たない条項も含まれることが多いです。これは、基本合意書がデューデリジェンスを実施する前の段階で締結されることが一般的であるためです。
譲受側企業は、この時点ではまだ譲渡側企業の内部情報を十分に把握していません。そのため、不確実な情報に基づいてM&Aの最終的な条件に法的な義務を負うことは、譲受側にとって大きなリスクとなります。
こうした事情から、法的拘束力を持つ重要な条項以外については法的拘束力を付与せず、より柔軟な記載がなされるのが通例です。具体的には、最終的な取引条件や、スケジュールなどに関する事項が、法的拘束力を持たない条項として扱われます。
4. 基本合意書の一般的な記載内容とは
基本合意書に記載される主な内容は以下の通りです。
記載内容 | 概要 |
M&Aの手法と対象範囲 | 譲渡企業の株式を売却する「株式譲渡」や譲渡企業の事業の一部もしくはすべてを売却する「事業譲渡」など、M&Aで活用する手法と譲渡する対象範囲を記載する |
スケジュールと実施日 | 最終契約書の締結やM&Aの実行までのスケジュールを記載する |
買収価格 | 譲渡・譲受企業が予定する買収価格を記載する |
デューデリジェンス | 譲渡企業がデューデリジェンスに対して協力することを記載する |
独占交渉権 | 一定の期間、譲受企業が譲渡企業と独占的に交渉できる内容を記載する |
秘密保持義務 | M&Aに関する情報や譲渡・譲受企業に関する情報を第三者に開示・漏えいしないようにする内容を記載する |
その他 | M&A実施後の従業員・役員の処遇や、事業運営方針、金融機関からの借入金の取り扱いなどを記載する |
このように、M&A取引の基本的な枠組みから手続きまで、多岐にわたる事項を盛り込むのが一般的です。
5. 【失敗しないために】基本合意書を締結する際の3つのポイント
基本合意書を締結する際は、以下のポイントを押さえることが大切です。
・漏れなく作成されているかを確認する
・専門家に確認してもらう
ここでは、それぞれのポイントについて解説します。
5-1. 法的拘束力を持つ条項を吟味する
基本合意書に記載される条項の中でも、特に注意を払うべきは「法的拘束力を持つ条項」です。法的拘束力を持つ条項に違反した場合、違約金や損害賠償などの法的責任が発生する可能性があるため、内容をしっかりと吟味し、理解した上で合意することが重要です。
具体的には、前述した独占交渉権の付与や秘密保持義務などが法的拘束力を持つ条項とされることが多いです。これらの条項は、取引実現に向けた当事者の本気度を表すものであるため、慎重に取り扱いましょう。
例えば、独占交渉権の期間設定については、譲渡企業・譲受企業のそれぞれの事情を勘案して、適切な期間が定められているかを確認することが良いとされます。期間が短すぎると譲受企業にとってリスクが高まり、長すぎると交渉が破談となった場合に譲渡企業の選択肢が狭まってしまう可能性があるためです。
法的拘束力を持つ条項については、当事者双方の権利義務関係を十分に検討し、バランスの取れた内容となるよう綿密に検討する必要があります。
5-2. 漏れなく作成されているかを確認する
基本合意書を締結する際、M&Aに関する重要な検討事項が漏れなく記載されているか、そしてその内容が可能な限り具体的であるかを詳細に確認することが重要です。M&Aは複雑な取引であるため、些細な点を見落とすと後々大きな問題につながる可能性があるためです。
曖昧な記載では、後にその解釈をめぐってトラブルが発生する可能性があります。
これまで記載してきた通り、基本合意書には法的拘束力を持つ条項と持たない条項が混在します。それぞれの条項が、どちらの性質を持つのかが明確に示されているかを必ず確認してください。この区別が不明確だと、「これは紳士協定だと思っていたのに、実は法的義務だった」といった事態が生じ、当事者間の信頼関係を損ねたり、権利義務関係が不透明になったりする原因となります。
5-3. 専門家に確認してもらう
基本合意書を締結する際は、弁護士をはじめとする経験豊富な専門家に確認してもらうことをおすすめします。基本合意書は、法的拘束力を持つ条項と、そうでない条項が混在する書類です。このことから、一般的な契約書とは異なる留意点が多数存在します。
専門家に確認してもらうことで、さまざまな観点から客観的な助言を受けられます。
独占交渉権の設定やデューデリジェンスに関する事項、秘密保持義務の範囲など、法的リスクが高い条項については、特に専門家の目を通すことをおすすめします。専門家のサポートは、基本合意書の法的リスクへの配慮を行ながら、最善の形でM&Aを推進するために不可欠です。安心してM&Aを進めるためにも、ぜひ弁護士などの専門家の助言を活用することが重要です。
6. まとめ
基本合意書は、M&Aに関する大まかな条件が決まった段階で締結される書類です。主にM&Aにおける重要な論点での合意内容を確認し、独占交渉権を付与することなどが目的です。
基本合意書は法的拘束力を持つ条項とそうでない条項が混在しているため、基本合意書の作成やその書類の確認をする際には弁護士をはじめとする専門家に依頼することをおすすめします。
また、M&Aを検討している人は、「M&A works」にご相談ください。基本合意書の草案作成支援も含めて、譲渡企業が安心してM&Aを進められるようにサポートいたします。
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