
(私は、30代にして悪性の脳腫瘍と診断され、明日を生きられるかどうかもわからない日々を過ごしました。約1年半の闘病生活を経て、寛解し、以前と変わらぬ生活が送れるまでに回復できました。『人生、何が起こるか分からない』。この言葉を私ほど感じているM&Aプレーヤーはいないと思います。このコラムは、こうした私の経験・体験から、『経営者の方々をはじめとする皆さんに、私なりのメッセージを届けたい』という思いから、私自身や弊社社員が経営者の方から受ける質問や相談にお答えするというかたちで構成しています。主観的な内容が含まれますが、あらかじめご了承いただき、最後まで読み進めていただきたいと考えています。なお、特定を避けるため、質問や相談に関して個人情報等にかかる部分は加筆・修正をして掲載しています。)
先日、健康診断で病気の可能性があると分かりました。通院は覚悟していますが、今後、状況によっては入院しないといけないかもしれません。(60代、男性、卸売業社長)
まずはご自身のお体が第一だと思いますので、治療を優先する形でお考えになるのがよいかと思います。とはいえ、経営者という立場上、適切なタイミングで対応しないといけない事柄や局面もあるかと思います。すべてを自分だけで解決するのではなく、周りの方々の協力を得ながら進めていくのが、結果的に良い方向に進むのではないかとも思います。
今回、伝えたいメッセージは、『時間を上手く使っていただきたい、そして、ときには立ち止まっていただきたい』です。
ご自身の治療と経営については別軸で時間が進んでいきます。どちらも待ってはくれない状況が出てくると思いますので、ご自身の治療を優先し、その上で経営についての時間を捻出するのが良いのではないでしょうか。
ご自身の治療と経営、どちらも大事だというのは理解できます。ですが、治療の時間を優先し、そこから他のことに使う時間を考えるという方法を取り入れれば、時間の使い方の迷いが少なくなると思いますので、自分の負担を少しは楽にしてくれるでしょう。逆に、両方とも上手くいかせようとすると、仕事と治療の時間が重なることも出てくるかと思います。治療方針が突然変更になることは少ないと思いますが、診察が入ったり検査が入ったりすることは想定されるので、時間の使い方を間違えると、仕事と治療のどちらもバランスを欠くことになってしまうかもしれません。
ここからは、私の病気の治療の流れを書かせていただきます。皆さんの治療への参考になるかはわかりませんが、情報として頭の片隅にでも置いていただけると幸いです。
病気になった当時、私はサラリーマンだったので休職することにしました。私の場合は脳の悪性腫瘍でしたので、抗がん剤については、クール(治療の周期)ごとに決まった抗がん剤が投与されました。脳への放射線治療については、クールに関わらず決まった量まで放射線を当てるというものでした。これは、治療部位ごとに照射できる放射線量が決まっているためでした。
抗がん剤治療を1週間行うと、白血球が減少することにより感染リスクが高くなるとのことだったので、原則、病室のベッドの上で過ごして体調の戻りを待ちました。その間、約1か月。その後は2週間ほど一時帰宅ができたので、自宅の整理をするほか、時には野球観戦ができることもありました。
この流れ(=1クール)を約1か月半として、合計で4クール行うという形を主治医から聞いていました。2クールが済み、「あと半分か」と思っていた頃、主治医から「申し訳ない、全部で8クールやらせてほしい」との相談がありました。ネガティブな理由ではなく、8クール行ったほうが予後が良いという期待ができるとのことでした。気持ちが沈みかけましたが、間を置くことなく『お願いします』と伝えたのを今でも覚えています。
このように、治療については自分自身の想定外の状況になることもあるかと思うので、ご自身の治療に心の比重を置いたほうが、心の負担も大きくなりにくいのではないかと思います。
仕事と両立する中で、『体調が安定しているな、なんとかなるな』という状況もあるかもしれません。とはいえ、病と闘うということは、仕事よりも状況を読むことが容易ではないので、可能な限りご自身のマインドセットをしておき、突発的なことが起こっても、少しでも心の揺れを落ち着かせる状況を作っておくことが良い方向に向かうと考えています。
病気の状態にもよることが前提になりますが、治療のタイミング、入院や通院の回数についてはコントロールできる要素もあると思います。「この時期は仕事を離れることが難しい」『自分の治療のために社内を整えないといけない』という状況であれば、事前に主治医に相談し、現実的な治療のスケジュールを一緒に考えることが可能かと思います。医師側としては『今すぐ治療を』という意見がある一方、経営者ご自身の人生でもあるので、ご自身の主張がある場合には遠慮せず伝えることをおすすめします。
私は元々理学療法士をしていたこともあり、医師の言葉はしっかりと受け止めるものの、自分が考えていることもはっきり伝えていました。治療の副作用、リスク、薬の効果、それらのエビデンスなど、気になることは遠慮なく聞いて、あなたが満足する対応をしてもらえないような主治医であれば、セカンドオピニオンや主治医を変更してもらう。などの対応もするのも選択肢としてはありかと思います。命にかかわることなので、我儘に自分を貫くということも自分や家族、会社を守るための手段だと思います。
治療と経営の両立は簡単ではないことは、M&Aコンサルタントとして多くの経営者の方々の話を聞くなかでよく分かります。治療と経営の両方を100%理想のかたちで進めることが難しくても、事前の準備、時間の使い方を考えることによって、結果的に両方とも理想に近いかたちで進めることはできるかもしれません。
経営者の方々は、会社や従業員の方々への責任感から、ご自身のことを後回しにしてしまいがちですが、ご自身の健康なくして、会社の未来を考えることは難しいのではないでしょうか。ここから記述することは、決してご無理を強いるものではありません。ご自身と会社の「選択肢」として、お考えいただければ幸いです。
「見える化」「権限委譲」など考えられる主な選択肢
業務の洗い出しとマニュアル化 | 社長にしかできない仕事と、他の社員でも対応可能な業務をリストアップしてみましょう。後者については、誰が見てもわかるようにマニュアル化を進めていくことで、社長が不在のときでも業務が滞らなくなる可能性が高まります。 |
信頼できる”右腕”の育成と権限委譲 | 日頃から信頼している幹部や、成長を期待している社員に、少しずつ業務を任せていくことをおすすめします。最初は小さなことからで構いません。『この件はあなたに任せる』と一言添えるだけでも、相手の責任感と自主性を引き出せるのではないでしょうか。 |
意思決定のプロセスの見直し | 全てをご自身で判断するのではなく、幹部会議やチームによる事前検討を通じて方向性を定め、社長は最終的な承認者として関与する形にすることで、日々の負担を減らすことが可能になります。 |
時間軸を意識したフェーズ分け | 例えば、病気が判明した最初の数ヶ月は、体調も不安定になりやすいことから、業務の委譲やツール導入など“任せる体制”を重点的に構築するフェーズと捉えると、より現実的な計画になると言えるのではないでしょうか。 |
信頼できる経営者仲間への相談 | 異業種の経営者やご友人など、信頼のおける方に状況を共有してみてください。類似の経験をもつ方から、意外なヒントや励ましを得られることも多いものです。 |
家族との対話 | ご家族の不安も軽減することが、経営者としての心身の安定にもつながるのではないでしょうか。治療と仕事の両立に向けた体制づくりは、会社だけでなく、ご家族にとっても大切な備えです。 |
私はかつて大病を経験し、治療と仕事の狭間でどれほどの不安や葛藤があったか、今でも鮮明に覚えています。当時、私はサラリーマンでしたので、経営者の方々とは立場も責任も違ったかと思いますが、私でよければいつでもご相談を受け付けておりますので、ご遠慮なくお知らせください。
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