
M&Aにおける意向表明書は、譲渡企業にとってその後の企業運営や従業員の処遇などに大きな影響を及ぼす書面といえます。そのため、M&Aを実施する前に意向表明書の重要性を把握しておくことをおすすめします。
この記事では、意向表明書の概要、混同されやすい基本合意書との違い、意向表明書に記載されている主な内容について紹介します。また、意向表明書を確認する際に注意すべきポイントも記載しているため、M&Aを検討している経営者の方々は、ぜひ参考にしてください。
※本コラムでは法律的な見解を述べるものではなく、あくまで一般論として記載をしております。法律的な見解を含む具体的な法務アドバイスは、顧問弁護士をはじめとする弁護士のお力をお借りするようにしてください。
1. M&Aにおける意向表明書とは?
M&Aにおける意向表明書は、M&Aを検討している譲受企業が、その相手になる譲渡企業に対し、買収する意向やその希望条件の概要を示すために提出する書類です。これは、譲受企業が譲渡企業を買収することを真剣に検討しており、具体的な交渉を進めたいという強い意思を示すものです。
意向表明書に記載される内容は、あくまで現時点での譲受企業の希望であり、その後のデューデリジェンス(企業や事業の実態調査)の結果によっては、条件が変更されたり、交渉が中止になったりする可能性もあります。基本的に法的拘束力を持ちませんが、交渉を円滑にするための大枠の条件や進め方を示しています。
この章では、意向表明書の基本的な役割を理解いただいた上で、混同されやすい「基本合意書」との違いを説明します。また、「M&Aのプロセスにおいて意向表明書を省略することがあるのか」ということについても記載します。
1-1. 意向表明書と基本合意書の3つの違い
意向表明書と基本合意書は、M&Aのプロセスにおいてそれぞれ異なる役割を担う書類です。主に「取り交わすタイミング」「記載内容」「合意の有無」で主に3つの違いがあります。
1-1-1. 取り交わすタイミングが異なる
意向表明書と基本合意書は、譲渡・譲受企業との間で取り交わすタイミングが異なります。
意向表明書は、M&Aの検討段階、具体的には(譲渡側、譲受側の経営陣が顔を合わせる)トップ面談の前、またはトップ面談後に譲受企業から譲渡企業へ提出されることが一般的です。これは、譲受企業がM&Aの具体的な検討に入った意思表示になります。
これに対し、基本合意書はトップ面談後を経て、本格的なデューデリジェンスを実施する前に締結されるのが一般的です。この段階では、M&Aの主要な条件について、ある程度の共通認識が形成されています。
1-1-2. 記載内容が異なる
意向表明書には、譲受企業が希望する「買収価格」や「M&Aの手法」など、今後の交渉を進める上での基本的な意向が記載されているのが一般的です。この時点では、詳細な条件までは詰められていません。
これに対し、基本合意書では独占交渉権の付与、買収価格の大まかな合意額、デューデリジェンスの実施範囲など、最終契約に向けてより具体的な内容が記載されています。
1-1-3. 合意の有無が異なる
意向表明書は、基本的に譲受企業から譲渡企業へ提出される、一方的な「意思表示」の書面です。そのため、記載されている内容は譲受企業が希望する条件やM&Aへの意欲を示すものであり、原則として法的拘束力は持ちません。
これに対し、基本合意書は、譲渡企業と譲受企業、双方の合意内容を明文化して締結する書類です。この時点で、M&Aの主要な条件についてある程度の合意形成がなされており、独占交渉権や秘密保持義務など、一部の条項には法的拘束力が発生するのが一般的です。M&Aにおいて最初に本格的な双方の合意が形成されるのは、基本合意書の締結時といえます。
1-2. 意向表明書は省略できる?
M&Aのプロセスにおいて、意向表明書は必ずしも必須ではありません。特定の条件下では省略することも可能です。
例えば、譲受企業の候補が1社に絞られており、かつ譲渡企業と譲受企業の双方がM&Aに対する明確な意思と共通認識を持っている場合は、意向表明書を省力し、直接、基本合意書の締結へ移行するケースもあります。この場合、交渉のスピードアップにつながるメリットがあります。
一方で、譲受候補企業が複数存在する場合には、その候補企業から意向表明書を受け取り、自社の希望に最も合った条件が提示された企業に絞り込んでいくのが一般的です。
2. 意向表明書に記載されている内容とは
意向表明書の記載内容には、特に決まりがあるわけではありませんが、一般的には譲受企業の概要、希望とするM&Aの手法、買収価格、M&A後の展望などが挙げられます。
ここでは、意向表明書に記載される具体的な項目とその意味合いについて紹介していきます。
2-1. 譲受企業の概要
意向表明書には、譲受企業がどのような企業であるかを示す概要が記載されるのが一般的です。具体的には、譲受企業の設立からの歴史、主な事業内容、経営陣の構成、企業理念などです。資本の規模や近年の財務状況(売上高、利益、資産状況など)といった定量的な情報が記載されているケースもあります。
2-2. M&Aを実施する目的
意向表明書には、譲受企業がM&Aを実施する目的についても記載されるのが一般的です。例えば、「新たな市場への参入」「既存事業との技術・ノウハウの融合による新サービスの開発」「製品ラインナップの多様化」「コスト削減や経営効率の向上」などが挙げられます。譲受企業が譲渡企業に対して自社の魅力をアピールするポイントの一つとされています。
2-3. 譲受企業が希望する買収価格
M&Aにおける買収価格の設定は、両社にとって重要な要素です。この段階での価格設定は、あくまで現時点での譲受企業の希望であり、その後の交渉における基準となりえます。しかし、市場環境の変動や、デューデリジェンスの結果によって、最終的な価格が調整される可能性があることを理解しておく必要があります。
提示された価格だけでなく、その算定根拠や考え方についても、疑問があればM&A仲介会社を通じて確認することをおすすめします。
2-4. 買収資金を調達する方法
意向表明書には、M&Aにおける買収資金を調達する方法についても記載されることがあります。代表的な方法としては、金融機関からの借入や、社債発行による調達があります。
譲渡企業にとっては、譲受企業の資金調達方法が、M&A後の経営にどのような影響を与えるかを理解することが重要です。例えば、多額の借り入れを伴う場合、譲受企業の財務状況や、将来的な経営方針に影響を与える可能性がないかなどを専門家と相談しながら確認することをおすすめします。
2-5. 株式譲渡や事業譲渡などのM&Aの手法
M&Aには、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併など、さまざまな手法があります。それぞれの概要は以下の通りです。
M&Aの手法 | 概要 |
株式譲渡 | 企業がほかの企業の株式を取得し、経営権を移転させる手法 |
事業譲渡 | 事業の一部または全部の事業をほかの企業に移転させる手法 |
会社分割 | 企業が自身の事業の一部を切り離し、新たな企業を設立するか、または既存の企業にその事業を譲渡する手法 |
合併 | 2つ以上の企業が1つの企業になる手法 |
これらの手法は、手続きの複雑さだけでなく、それぞれ税務や法務などが異なる場合があります。譲渡企業は、譲受企業が提案するM&Aの手法が、自身の会社にとって最適な選択肢であるかを、M&A仲介会社のほか、弁護士、税理士などの専門家と相談して確認することが重要です。
2-6. M&Aのスケジュール
意向表明書には、M&A交渉が合意に至るまでの大まかなスケジュールが示されるのが一般的です。具体的には、デューデリジェンスを実施する期間、最終契約書を締結する目標日、そしてM&Aの取引が完了する日(クロージング)などが計画として記載されます。
デューデリジェンスは、譲渡企業の財務状況、法的リスク、事業の実態などを詳細に調査するプロセスです。デューデリジェンスを経て、最終契約書の締結に進むのがM&Aの一般的な流れです。契約書を締結したあとは、最終的な取引の完了に向けた諸手続きを経てクロージングに至ります。提示されるスケジュールは、交渉の進展によって変動する可能性があるため、無理のないスケジュールであるかを確認するとよいでしょう。
2-7. M&Aの実施における前提条件
意向表明書には、M&Aを円滑に進めるために、双方の企業が合意できる前提条件が記載されていることが一般的です。たとえば、譲渡企業の事業内容や財務状況、権利関係、簿外債務や偶発債務の有無についてなど、譲受企業がM&A実行にあたってクリアにしておきたい事項です。
M&Aの実施における前提条件は、譲受企業が一方的に設定するケースもありますが、譲渡企業と譲受企業で協議しながら設定していくケースも多いため、不明な点や懸念する点があれば話し合うことをおすすめします。
2-8. 譲渡企業の従業員や役員の処遇
M&Aを円滑に進めるうえで、譲渡企業の従業員や役員が処遇に納得することは、重要な要素の1つです。そのため、意向表明書には、M&Aを実施したあとの従業員や役員の処遇に関する譲受企業の考え方や方針が記載されていることがあります。譲渡企業にとっては、従業員のモチベーション維持や、事業の継続性にも直結する繊細な項目になりえます。
2-9. デューデリジェンスの範囲
意向表明書には、デューデリジェンスの範囲や期間について記載されることがあります。先述した通り、デューデリジェンスは、譲渡企業の財務状況、事業内容、法務、税務などを詳細に調査するプロセスです。その目的は、譲受企業がM&A後に予期せぬリスクを抱え込まないかを確認することなどにあります。意向表明書には「過去○年分の財務諸表を確認したい」「特定の契約書の閲覧を希望する」といった、譲受企業が希望するデューデリジェンスの具体的な範囲が記載されることがあります。
2-10. 意向表明書の効力が続く有効期間
意向表明書には、その効力が続く有効期間についても記載されます。この有効期間は、譲受企業が提示する条件を譲渡企業が検討し、返答するまでの猶予期間を意味します。具体的な期間は事情によってさまざまですが、一般的には数週間から1ヶ月程度が目安とされています。
2-11. 秘密保持に関する内容
意向表明書には、M&Aに関わる情報が外部に漏れることを防ぐために秘密保持義務について記載するケースもあります。これは、企業の財務状況、事業内容、顧客情報、技術情報など、M&Aの過程で開示される可能性のある全ての情報の取り扱いについて定めたものです。
譲受企業にとっては、意向表明書自体も機密情報の一部とみなされることがあります。すでに秘密保持契約(NDA)を締結している場合でも、意向表明書に再度その旨が記載されることで、情報の取り扱いに対する双方の意識を再確認する意味合いも持つといえます。
2-12. その他の記載内容
意向表明書には、上記で解説した項目のほかにも、M&Aのプロセスを円滑に進めるための内容が記載されることがあります。たとえば、「M&Aアドバイザーの起用状況」「譲受企業の連絡窓口」のような項目が挙げられます。
3. 譲渡企業が意向表明書を確認する際の3つのポイント
M&Aにおける意向表明書は、譲受企業が譲渡企業に対して、現時点での買収の意思と希望条件を示す書面です。この意向表明書に記載されている多くの項目は、一般的に法的拘束力を持ちません。詳細なデューデリジェンスや最終的な合意に至る前の段階での提示であり、デューデリジェンスの結果やその後の交渉によって変更される可能性があります。
ただ、法的拘束力がないからといって、意向表明書を軽視してはいけません。意向表明書には、譲受企業が希望する買収価格、M&A後の従業員の処遇、今後のスケジュールなど、その後のM&A交渉において重要な項目が記載されています。これらは、譲渡企業が譲受企業を選定し、M&Aを進めるか否かを判断する上で、重要な情報源となります。
意向表明書を受け取った際は、提示された条件を鵜呑みにするのではなく、記載内容を慎重に確認し、自社の希望や将来のビジョンと合致するかどうかを吟味することをおすすめします。不明な点や懸念事項があれば、M&A仲介会社のほか、前後し、税理士などの専門家と相談し、納得のいく形で次のステップに進むことが、M&Aでの鍵となります。
ここでは、意向表明書を受領した際、譲渡企業として確認すべき主要な3つのポイントについて紹介していきます。
3-1. 提示された金額や条件を慎重に精査する
意向表明書には譲受企業が希望とする買収価格や算定根拠、支払条件などが記載されています。価格について、自社の企業価値算定との乖離がないか慎重に確認することをおすすめします。また、価格だけでなく、その算定根拠が明確であるか、そして対価の支払時期や方法(現金、株式交換、債券発行など)についても精査することが重要です。
3-2. 従業員の処遇を確認する
意向表明書には、M&Aを実施した後の従業員の処遇について記載されていることが一般的です。そのため、リストラの有無や給与水準の変更予定など、従業員に重大な影響を及ぼす内容を確認し、不利益を被る変更がないか注視する必要があります。
3-3. M&A実施後の会社の運営方針を確認する
意向表明書には、M&Aの実施後の会社の事業計画や運営方針に関する記述が含まれていることもあります。これは、事業再編や新規事業への参入計画など、買収後の経営戦略の基本方針が示されている項目です。自社が長年培ってきた企業文化やノウハウと相反しない内容であるのかを確認する必要があります。
4. まとめ
M&Aの意向表明書は、譲受企業が譲渡企業に対して希望する条件や買収価格などをまとめた書類です。この段階ではまだ詳細が固まっていない部分もあり、一般的に法的拘束力はもたないものの、今後の取引方針を示すうえで大きな意味をもちます。譲受企業が希望とする条件や従業員の処遇などが記載された意向表明書を確認する際、専門的な知識が必要です。
私たちM&A worksは、お客様の安全なM&Aを実現するため真摯に取り組んでいます。ささいなことでも構いませんので、ご不明な点やご相談されたいことがございましたら、ご遠慮なくお知らせください。
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