多くのオーナー社長にとって、M&Aは一生に一度あるかないかのものです。『後悔のないようM&Aを進めたい』と感じるのは自然なことだと思います。
まずは下記の事例をご覧ください。
東北地方で数十年続く名家の現オーナー兼3代目社長。お子様がいらっしゃらなかったため、M&Aで承継することを決断しました。業績も良く成長性もあることから譲受先を探すことは十分可能であると進められましたが、調査の結果、このM&Aは大きなリスクがあると発覚しました。
皆様はこの状況に潜むリスクが分かりますでしょうか。
この事例のポイントは、この現オーナーが『3代目』ということです。
現オーナーは、法的な手続きに則り、父親から株式を取得しておりました。しかし、さらなる調査を重ねたところ、50年ほど前に行った増資や株式の売買に関する書類が見当たらなかったのです。
M&Aには、たくさんの隠れたリスクがあり、それを事前に把握・対策することでリスクを回避することがとても重要になります。この記事では、M&Aを進める上でのリスクについて要素をできるだけ多く記載し、皆様がM&Aを安全に進めるお役に立つことができればと思っています。
それでは、本文で上記事例の続きを解説していきます。
※この記事で紹介する事例は、特定を避けるため、一部を抽象化、編集した上で掲載しています。
※M&A works は弁護士等の専門家と連携・情報交換を行っていますが、弁護士法人ではないため、この記事は法的な見解を述べるものではありません。個別の具体的な方法論については、必要に応じて弁護士等に相談することをお勧めしています。
目次
1. M&Aにおけるリスクはなぜ発生する?
1-1. 冒頭の事例のポイントは「3代目」
あらためて、冒頭の事例を紹介します。
東北地方で数十年続く名家の現オーナー兼3代目社長。お子様がいらっしゃらなかったため、M&Aで承継することを決断しました。業績も良く成長性もあることから譲受先を探すことは十分可能であると進められましたが、調査の結果、このM&Aは大きなリスクがあると発覚しました。
3代目ということは、初代および2代目から株式が移ってきたということになります。本件においては、3代目の祖父から父を経て現オーナーに株式が渡ってきました。私たちはM&Aをするにあたり最初の段階でリスクを探すために深い調査をします。その一環で株式の変遷を調査したところ、現オーナーは、法的な手続きに則り、父親から株式を取得していました。
しかし、冒頭に記載の通り、50年ほど前に行った増資や株式の売買に関する書類が見当たらないことがさらなる調査で判明しました。
M&Aとは、株式の売買を成立させることであるため、ご売却をされる方が株式を保有しているという大前提は最も重要な要素になります。これが100%大丈夫と言えない以上、M&Aを進める上で大きなリスクになってしまうのです。
実際の解決方法については後述のコラムで解説しますが、M&Aでは全く予期していなかったリスクをはらんでいることがたくさんあります。
1-2. 2つの観点からM&Aのリスクを考える
M&Aのリスクを考える際、大きく2つの観点から見ることができます。
①M&Aを実現することができないリスク
②M&Aは実現できるが買収価格などの条件に大きく影響を与えるリスク
どちらのリスクも必ずM&Aを進める前に対処していただきたいです。M&Aは交渉です。相手方と交渉する際に事前にこれらのリスクを対処していなければ、せっかくのご縁が台無しになってしまうからです。
リスクの程度にもよりますが、①②どちらも事前に把握をして準備・対応できれば、M&Aを安全に進めることができるものがほとんどですので、しっかりと調査を行うことをお勧めいたします。
1-3. 4つの分類からリスクを見る
一般的にM&Aのリスクは、
(1)財務・税務リスク
(2)法務リスク
(3)人材のリスク
(4)事業運営上のリスク
と分けられます(リスクの分け方は様々ありますが、本コラムではこの4つに分けたいと思います)。
なぜ問題なく通常の経営はできているのに、M&Aとなるとリスクが発生してしまうのでしょうか?
これは、通常の経営をするリスクと、M&Aを進めるときのリスクの種類が違うからです。個人オーナーとして会社経営をする上では全く問題がない状況であっても、ご売却をする相手が求める形で様々な問題をクリアしないとM&Aが実現できないということが起こりえます。
1-4. 通常の経営をするときのリスクとM&Aを進めるときのリスクの違い
一例として、土壌汚染などはその典型だと思います。劇薬等を取り扱う事業を営む上でその会社の土地に劇薬等が浸潤していないかというのは大きな問題である一方、現状として経営を続けてきたという実績はあると思います。
しかし、M&Aで会社のご売却をするとなると、土壌汚染がないかボーリング調査などを行い問題がない(もしくは土壌汚染があった場合は汚染原因を除去しなければいけない)ということを確認しなければいけません。ときには、M&A自体が実現できない場合もありますし、汚染原因を除去するための費用を売却金額から差し引くということで合意することもあります。つまり、潜在的なリスクを顕在化させ、対応するという作業がM&Aには必要であるということです。
経営者の皆様は税理士、弁護士、社会保険労務士などの専門家からのアドバイスを受け、日常に発生する多様な問題において、経営をしていると思います。しかし、すべての企業においてそれが網羅的にリスクを対応しきれているというかというと、必ずしもそうではないと思います。
リスクをすべて対応できていないという状況だとM&Aができないわけではありません。M&Aをする場合にはこうした事柄に対応しなければいけないというだけなのです。M&Aに精通した専門家を入れ、一つ一つの状況を整理し、適切に対応していくという姿勢で問題はありません。
譲渡企業としてはM&Aの交渉前に、譲受企業としては遅くとも買収監査のタイミングで、リスクへの対応をしっかりとしていきましょう。
2. M&Aで起こり得る主なリスク一覧
この章ではM&Aで起こり得るリスクを一覧でまとめました。M&Aを譲渡側として検討されている経営者の方々は、M&Aで気を付けるべき点を理解してもらい、また、今まさにM&Aを進められている譲渡側の経営者の方々は、これらの点に該当しているようであれば、すぐに対策を考えることが良いかと思います。譲受側の方々にとっても参考にしていただきたい内容ですので、ぜひご覧ください。
※M&Aで起こり得るリスクをまとめておりますが、これ以外にもたくさんのリスクがあるため、是非とも専門家に相談されることをお勧めします。
なお、ここで指す「専門家」という言葉は、M&Aアドバイザーだけではなく、各部門の有資格者を代表とした専門家のことです。M&Aアドバイザーは弁護士法人や税理士法人でないことが多く、そうした場合であると法律や税務についてアドバイスするということができません。そのため、資格を持った専門家(顧問弁護士や顧問税理士等)に相談をするようにしてください。
逆に、弁護士や税理士の方はM&Aのプロフェッショナルではないことが多いです。M&Aアドバイザーというのは経験がものをいう仕事であるため、日常的にM&Aに触れていない弁護士や税理士によって交渉がうまくいかないというケースも起こっています。
私たちが考える最良の手段としては、経験・実績のあるM&Aアドバイザーと、弁護士・税理士等の専門家が同じ方向を向いてM&Aを進めていくということです。人生を大きく変える大きな選択がM&Aですので、是非とも慎重に、丁寧に進められることを強くお勧めいたします。
私たちM&A worksは、主担当(M&Aアドバイザー)、税務、財務、法務、ビジネス、管理など5人以上のチーム体制でお客様と徹底的に向き合い、納得のいくM&Aを実現していきます。
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それではリスク例一覧の説明に入ります。
【リスク例一覧】
番号 | リスク | 代表的なリスクの種別 (1)財務・税務リスク (2)法務リスク (3)人材のリスク (4)事業運営上のリスク | チェック |
---|---|---|---|
[1] | 滞留債権 | (1) | |
[2] | 事業外資産 | (1) | |
[3] | 追徴課税 | (1) | |
[4] | 簿外資産・簿外負債 | (1) | |
[5] | 保証債務への対応 | (1)(2) | |
[6] | 未払残業代(特に運送・サービス業) | (1)(2)(3) | |
[7] | 退職金積立不足 | (1)(3) | |
[8] | 係争関係 | (2) | |
[9] | 少数株主の存在 | (2)(4) | |
[10] | 違法建築等 | (2)(4) | |
[11] | インサイダー取引 | (2)(4) | |
[12] | 経営と資本の分離 | (2)(4) | |
[13] | 知的財産や特許 | (2)(4) | |
[14] | 環境問題 | (2)(4) | |
[15] | 株主履歴 | (2)(4) | |
[16] | COC条項 | (2)(4) | |
[17] | キーマンの離反 | (3)(4) | |
[18] | 情報漏洩 | (4) |
[1] 滞留債権
【リスクの概要】
取引先の業績悪化などを理由に売掛金や未収入金などにおいて、回収できない可能性があるリスクのことです。
【代表的な対応策】
- 回収可能であれば問題はなく、回収不能であれば債権相当額を株式譲渡対価等から減額をすることが一般的。
- 回収可能であることを証明するために滞留している債権の相手方の信用調査をしたり、具体的な回収方法について相手方に連絡をしたりすることもある。
【大きなリスクに発展した例】東北地方にある医療関係の事業を営む企業
“どんぶり勘定”がゆえにこの企業の経営者は従業員へ貸付(給料の前払い)をし、取引先にも『支払いも後からでいいよ』と話をしていました。本人としては、信頼の元にこうした取引をしていましたが、M&Aをするにあたり調査したところ、回収不能な額は少なかったものの、回収不能な先数は相当程度ありました。
こうした取引をたくさん行っているがため、他にもずさんな管理の取引をしている可能性があるとして、譲渡オーナーが最も望んでいた相手からM&Aができないという回答をもらってしまいました。
[2] 事業外資産
【リスクの概要】
不動産や絵画、高級車など本来事業を営む上で不必要な資産が会社にある状態のことで、M&Aを検討する譲受企業が「その資産をいらない」と判断した場合、譲渡オーナーが買い取るなどの必要があります。直接的にM&Aができなくなるというリスクではないとされていますが、M&Aの交渉上で譲渡価格を決める際の問題になるリスクがあります。
【代表的な対応策】
- 会社を売却した金額で、その資産を買い取る。
- 会社分割により新会社を設立し、その新会社に事業外資産を引き継がせる。この場合、もともとあった会社は譲渡をし、新会社は譲渡オーナーが所有し続ける形になる(税制適格要件を満たすことで支払う税金の額が変わる可能性があります。税理士に必ずご確認ください)。
- 譲渡オーナーがM&Aに際して退職する場合、事業外資産を現物支給として譲渡オーナーの退職金(一部または全部)に充てる。
【トラブルに発展した事例】東海地方で高収益体質を長年続ける優良企業
M&Aの成立に大きな影響があったわけではありませんが、対応が必要になった例です。譲渡企業は長年利益を計上していたため、内部留保が相当程度たまっている状況でした。経営者であるA社長は、その内部留保を事業とは直接関係のない有価証券への投資や不動産・美術骨董品などの購入に充てていました。
M&Aする際に、A社長は集めた美術骨董品を含めて、すべてご売却したいとの意向でありましたが、譲受企業としては「事業に関係のない資産はいらない」とそれらを除いた形でのご買収を希望されました。専門家に相談をしていなかったがために、税務的に負担が大きいスキームを取ろうとしており、M&Aの成約ぎりぎりのタイミングで税務的に負担が少ないスキームがあると知り、それに対応するため成約の時期が遅れてしまいました。
[3] 追徴課税
【リスクの概要】
税金の申告漏れ等があった場合、譲渡企業が追徴課税されるリスクのことです。
【代表的な対応策】
- M&A前に、想定される追徴課税の額を算出し、譲渡価格を減額する。
- M&A後に、実際に追徴課税があった場合に譲渡オーナーが負担する。
【トラブルに発展した事例】
税務の問題は、M&A上で最も多く起こる問題の一つです。基本的な考えとして、納税をしっかり行っていれば問題は発生しませんが、会社ごとの見解の違いによりそのリスクに対する許容度は大きく異なることは間々あります。
具体的な事例として、M&A後に実施された税務調査から追徴課税があったケースです。一般的にはM&A前に起因するリスクは譲渡側が負担することが多いのですが、本例では譲渡オーナーが支払いを拒否し、譲受企業ともめる大きなトラブルに発展してしまいました。M&Aは契約書がもっとも大事になるため、両者が事前に専門家を交えて調査を徹底するだけなく、こうしたトラブルを避けるために合意事項として契約書に残しておくことが重要でしょう。
[4] 簿外資産・負債
【リスクの概要】
帳簿に記載されていない資産・負債について、実際の価格に応じて売却金額が上下するリスクがあります。簿外資産でもっとも多いのが在庫です。一般的には年に1回以上(特に決算のタイミング)の実地棚卸をされるかと思いますが、利益調整のために在庫を増減しているというケースに遭遇することがあります。
簿外負債の代表例は、従業員への退職金積立不足や未払残業代などです。
【代表的な対応策】
【トラブルに発展しかけた事例】東海地方にある設備工事業B社の事例
M&Aを進める上で事前にあらゆるリスクを把握し、潰しておくという作業をします。この作業は、譲渡企業からの書類の提出やインタビューによって基礎をつくり、それらをM&Aアドバイザーが専門家とタッグで対応していくのが一般的です。
本件においては、B社社長が知らなかった、資本関係のないまったくの他人の別会社の保証人にB社がなっていることが事前調査の際に発覚。それはB社先代の父親が結んだもので、偶発債務として簿外負債に発展するリスクがありました。本件については、何かが起こる前に対応できたため、トラブルには発展せずに事なきを得ました。
[5] 保証債務
【リスクの概要】
金融機関の借入に代表される連帯保証などでM&A後に譲受企業の責任で保証債務を解除することが一般的ですが、それが実現しないリスクのことです。
【代表的な対応策】
- 金融機関借入等の連帯保証がある取引について、M&A後、継続取引するかどうかの判断をする
- 継続取引を希望する場合は、金融機関等の相手方に事前に相談をし、了承を得ておく。
- 継続取引を希望しない場合は、取引解消に向けた準備をしておく。具体的には、金融機関借入を全額返済する等があり、その場合は、返済後の資金繰りを綿密に計画しておく。
【トラブルに発展した事例】西日本の梱包業C社の事例
譲渡企業オーナーにとって、M&A後に金融機関借入の連帯保証を解除するというのは、M&Aの条件として最も大事なものの一つです。
C社は新型コロナウイルス禍による業況悪化に伴い、資金繰りが逼迫。救済型のM&Aとして自社より安定した財務内容の先を前提に、大手M&A仲介会社のアドバイスの元でご売却を進めていました。しかし、M&Aアドバイザーのずさんな対応により、譲受企業の財務が同様に悪化していた状況を見抜くことができず、M&Aが実現してしまいました。
M&A後に約束をしていた連帯保証の解除は譲受企業の財務内容では実現不可能であり、結果として連帯保証が外れず、かつ、M&Aの条件として約束をしていた資金援助も実現されなかったがために、C社は破産。C社元オーナーは連帯保証人として金融機関の借入を返済しなければいけない状況になってしまいました。
[6] 未払残業代
【リスクの概要】
従業員に対する残業代の未払分のこと。M&Aではリスクとしてよく問題にあがります。
【代表的な対応策】
- 雇用契約や従業員規程が未整備の状態であれば、専門家のアドバイスの元で整備する。
- 未払残業代があるのであれば、株式譲渡対価等から減額する。
【トラブルに発展した事例】サービス残業が常態化していた譲渡企業D社
自社単体での経営としては従業員を含めサービス残業について暗黙の了解がある状況でしたが、M&Aの譲受企業が求める管理水準ではないために是正を求められ、過去3年間にさかのぼり簿外負債として未払残業代を株価から減額することになってしまいました。
[7] 退職金積立不足
【リスクの概要】
従業員や役員に対して払わなければいけないとされている退職金がある場合、その積立を行っていなければ簿外負債として株式譲渡対価等から減額するリスクがあります。これは各企業の退職金規程の有無またはその内容、退職金の支払い実績、従業員等との約束等によって変わるため、専門家に確認することが望ましいです。
【代表的な対応策】
[8] 係争関係
【リスクの概要】
譲渡企業を相手取った訴訟をはじめとする係争関係があることでM&Aが実現しないリスクです。具体的には、従業員からの未払残業代に関する請求などが多く、問題の大小によってM&Aに対するリスク度合いはさまざまです。
【代表的な対応策】
- 弁護士に相談をし、対応方法を考えていただくことを前提に、その訴訟がどれほどの影響を与えるのかを考え、M&Aの譲受企業と交渉をする。未払残業代であれば、お金を支払うことで解決できる可能性もあり(必ず弁護士に相談してください)、その際は株式譲渡対価から減額することで対応する。
- 会社の根幹を揺るがす大きな訴訟である場合は、それが解決するまでM&Aをしないという選択を取る
【トラブルに発展した事例】東北地方で医療関係の事業を営むE社
買収監査の際に元従業員から未払残業代についての請求について、元従業員の代理人である弁護士から内容証明郵便が届きました。このケースにおいては、丁寧に対応をすべきであるという姿勢を譲渡企業・譲受企業の両者が貫きました。とはいえ、M&A上では主張をしている元従業員のみに限らず他の従業員すべてに同様のリスクがある可能性があったため、徹底した調査を行うに至りました。
結果として、元従業員の訴えについてはM&Aの是非に影響を及ぼすものではないと判断し、譲渡金額の調整で対応することになりました。調整の方法は、M&A後に確定した支払金額において譲渡オーナーがすべて責任を持つという内容を株式譲渡契約書に入れ込みました。
M&A後に対応するという選択をしたのは、先ほどの丁寧に対応すべきという姿勢から一定以上の時間がかかると判断したためです。訴訟等を抱えているからといって、M&Aが必ずできないというわけではないので、必ず弁護士と協力してリスク対処をしてください。
[9] 少数株主の存在
【リスクの概要】
M&Aを決断する上で必要な、譲渡に対する株主の合意に対し、反対したり、そもそも行方が分からない等の事情により、少数株主の存在がゆえに大多数を持っている株主の決断ができないリスクがあります。
【代表的な対応策】
- 少数株主からの合意を取る。
- 少数株主からの株式の買い取り。
- スクイーズアウト(少数株主から株式を同意なく強制的に買い取ることを指します)。
【トラブルに発展した事例】東京都内にある業歴半世紀以上の老舗F社。
F社は事業承継を繰り返しており、現オーナーは4代目。しっかりとした資本施策をしていなかったため、株式が分散に分散を重ねてしまっていました。M&Aで譲渡をする際、譲受企業は100%の株式を保有したい意向が強いケースが多く、本件においても、出てきた相手の候補先は皆その意向でした。
そのため、少数株主に対して、M&Aの状況を説明し、事前に買い集めを行ったのですが、うち2名が行方不明に。連絡先が分からず、過去の住所に訪ねても転居のため所在がつかめず、買い集めが頓挫してしまいました。その2名で15%以上の株式保有割合があったため、M&Aを実現するためには対応が必要であると判断し、時間をかけて解決策を模索しました。
結果として、探偵を使い、連絡を取ることに成功しましたが、想定以上に時間がかかり、M&Aの実行が遅れてしまいました。
[10] 違法建築等
【リスクの概要】
会社が保有や賃貸をしている不動産において、違法建築等が原因でその事業の継続性に疑義がかかってしまう、または、適法にするための費用がかかってしまうことで、M&A上でリスクとなります。
【代表的な対応策】
- 登記の要件を確認し、適法な状態にする
- 代替の不動産を探す
[11] インサイダー取引
【リスクの概要】
M&Aの交渉をする上で、譲受先が上場企業であるというケースは珍しいことではありません。また、M&Aを上場企業が行った場合、そのタイミングで株価が上がるということもよくあります。こうしたことを鑑みると、自社が上場企業に譲渡するということは、インサイダー情報であり、この認識ができていなかったがために譲渡オーナーや役職員、その家族が譲受先となる上場企業の株式を買ってしまい、法に抵触してしまうリスクがあります。
【代表的な対応策】
- M&Aを検討した際には、可能な限り上場企業の株式売買を控える
- M&Aをすること自体や譲受企業の情報を漏れないようにし、周りの人がインサイダー取引をすること自体を防ぐ。
[12] 経営と資本の分離
【リスクの概要】
経営と資本が分離されているということは、一企業における株主(=資本を持っている人)と代表取締役や取締役(=経営をする人)が違う人である状況をいいます。これにおいて、株式を譲渡したい資本側が探してきた譲受先に対し、経営側がその譲受先は反対だとし、M&Aが成立しなくなるリスクがあります。
また、経営側としては譲渡しなければいけないと判断しているものの、経営側が探してきた譲受先を条件面等で資本側が反対するリスクがあります。
【代表的な対応策】
両者の合意が得られるかという問題であるため、M&Aが進む前に方向性を両者で話し合うことが重要。一定以上の情報収集を行うことと、専門家を交えて議論することが望ましい。
【トラブルに発展した事例】東京都内で卸売業を営むG社
オーナー兼社長が70歳になったタイミングで、自身が会長に、取締役を社長に就任させました。そこから10年程度が経過し、オーナー兼会長は完全に経営から退き、社長に一切を任せていました。
ところが、新型コロナを発端とする経済環境の悪化により、業績が大きく傾いてしまいました。社長としては自社単体で経営をするリスクを鑑み、M&Aでパートナーを探すことでより安定した企業として経営をすることを目論みました。しかし、この状況の業績ではオーナーが満足する条件(特に譲渡金額)が出されず、M&Aが頓挫してしまいました。
[13] 知的財産や特許
【リスクの概要】
知的財産や特許に対する価値評価が難しく、その評価が譲受企業と譲渡企業で乖離が発生してしまうリスクのことです。
【代表的な対応策】
[14] 環境問題
【リスクの概要】
土壌汚染やアスベスト、排気・排水などにおいて問題がある場合、その改善がない限り、M&Aが実行できなかったり、改善費用を株式譲渡対価から減額されてしまうリスクがあります。
【代表的な対応策】
- 環境面における監査を行い、改善をする。
- 株式譲渡対価から減額する。
【トラブルに発展した事例】
劇薬を扱う事業を営む企業は、土壌汚染や排水について注意が必要です。これによって、M&Aが実現できなかった例は数多くあります。鍍金加工業や塗装関係、薬品倉庫、特殊な研究開発施設を持っている企業などは特に注意が必要です。
[15] 株主履歴
【リスクの概要】
M&Aは株式の売買を行うことであるため、当然ではありますが株主は株式の保有ができていることが大前提となります。2代目や3代目など先代の資本施策に関与していなかったケースにおいて、その株式の変遷が追えず客観的に株式を保有していることを証明できない場合は、他の株主が別で存在している可能性を否定できないとしてM&Aが実行できないと判断されてしまうリスクがあります。
【代表的な対応策】
※法律的な知識を必要とするケースが非常に多いため、弁護士と協力して個別判断で対応策を考えることが多い。
【トラブルに発展した事例】東北地方にある業歴が半世紀以上の卸売業H社
少数株主の例と類似しますが、結局は株主が誰かということをさかのぼって証明することが必要になります。
H社は株の変遷を弁護士と共に調査したところ、現株主が株式を保有しているという事実に対する第三者対抗要件を満たす書面等のエビデンス(証拠や根拠)が見つかりませんでした。これにおいて、社内にある書面に記載されていた過去の株主は、お亡くなりになっている状況であり、実態を把握することが困難でありました。
弁護士の助言のもと、状況証拠を積み重ねることにより、譲受企業は納得をしてくれ、もし他の株主が現れた場合には、その株主が保有している株式の買取代金を含むすべての費用を譲渡オーナーが負担するという内容で契約を結ぶことになりました。
[16] COC条項
【リスクの概要】
COC条項とは、チェンジ・オブ・コントロール(Change of Control)条項の頭文字を取ったものです。これは、会社をコントロールしている人がチェンジした場合、つまり、株主が交代した場合(=M&A)に取引を見直せるという契約書の条項を指します。これにより、取引先から取引内容の見直しや取引の停止を求められ、事業継続が困難になってしまったり、収益力が落ちてしまったりするリスクがあります。
【代表的な対応策】
- 取引先との契約書(取引基本契約や不動産賃貸契約など)を確認し、COC条項が契約書に含まれていないかどうかを確認。
- 契約書内のCOC条項の有無にかかわらず、取引先との関係性や実態を考慮し、どのような譲受先を選ぶべきか、どのようにM&Aを認めてもらうか、などの戦略を立てて実行する。
【トラブルに発展した事例】
弊社代表の安藤がForbes JAPANのオフィシャルコラムに寄稿した記事をご参考にしてください。
■関連URL:M&Aの失敗事例から学ぶ 買収側は「油断」と「悪意」に気をつけよ
[17] キーマンの離反
【リスクの概要】
事業を営む上で重要な役割を担うキーマンがM&Aを機に退職をしてしまい、事業継続やそもそものM&A実行が危ぶまれるリスクです。また、自身の重要性を理解したキーマンがM&Aの実行を逆手に「自分の待遇を上げろ」などと主張し、それによる不協和音が生まれてM&Aが難しくなるリスクです。
【代表的な対応策】
- そもそもの経営として、一個人に依存しない仕組みを作る。もしくは、M&Aを検討し始めた段階からそうした組織構成や仕組みを作り始める。
- キーマンの状況整理(業務内容、年収、勤務地、性格、家族構成、将来の夢、不満など多岐に情報を集める)をすることで、伝え方等に関する戦略を立てる。
【トラブルに発展した事例】岐阜県にある小売業を営むI社
I社社長は最も信頼しているキーマンと二人三脚で10年以上会社を経営してきました。2人の年齢は10歳以上離れていたものの、創業来、苦楽を共にしてきたといいます。社長は一度、自社を継いでほしいとキーマンに打診しましたが、難しいという回答を受けたため、M&Aを検討しました。
余計な不安を与えないために譲受先の具体的な候補が出た時点でキーマンに説明をすることに。しかし、キーマンは「なぜそんなに進んでから私に説明をするのか。一緒にやってきたのに裏切られた気持ちだ」と激高、会社を辞めるとまで主張してしまいました。M&Aではキーマンだけではなく、多くの方の人生に影響のあることがあるため、ありとあらゆることに配慮する必要があります。
[18] 情報漏洩
【リスクの概要】
M&Aで会社を譲渡するという情報が社内外に漏れ、「この会社は業績が悪いから会社を売るのではないか」と風評被害につながるリスクがあります。また、M&Aで候補先を探すためには相当程度の自社のノウハウ等を候補先に説明する必要があるため、こうしたノウハウが情報管理のずさんさによって予期せぬ形で競合等に漏れてしまうリスクがあります。
【代表的な対応策】
- 情報を受け取る人を可能な限り少なくする
- 情報を受け取る人すべてに秘密保持契約書を締結していただく
- 情報を受け取る人のリテラシーを上げる教育をする
【トラブルに発展した事例】東北地方で業歴が長く地場に根付いた卸売業J社
M&Aを検討し始めてから秘密保持の重要性を理解し、専門家以外にはM&Aの話をしてきませんでした。しかし、M&Aをすると決断した際には家族の同意を得たいと社長は奥様に会社を譲渡するという話をしました。奥様としては、社長の決めることであればと応援してくれましたが、秘密保持の重要性の理解まで及んでいませんでした。
奥様は知人の社長夫人同士での食事会において、何気ない会話の中で「よくわからないんだけど、うちの会社はM&Aするらしいのよ」と話してしまいました。翌週、複数の取引先からJ社に「会社を売るらしいね、大丈夫?」という連絡があり、地域との繋がりが重要であるJ社にとって、大きなマイナスにつながりかねないトラブルになってしまいました。
3. M&Aのリスクに対策するには 参考にしたい具体策
M&Aのリスクへの対策は、当たり前のことかもしれませんが、『事前にどれだけ多くのリスク要因を把握し、的確に対応できるか』に尽きます。
こうしたリスクは、譲渡企業側が把握をしているリスクもあれば、それに気づいていないリスクもあります(まれに悪意によって生まれるリスクもありますが、実際は確認不足や認識相違が原因であることがほとんどです)。
リスクを避けるため、実際に行ったリスクへの対策として以下を紹介します。
(1)セルサイドDD(デューデリジェンス)
買収監査をする前、つまり、譲渡側(売却側=セルサイド)が自発的にDDを行うことを指します。これにより、事前に問題を把握し、時間をかけて対応することができます。
(2)M&A仲介会社を入れる
M&A仲介会社はM&Aの進捗や交渉の最中にどんなリスクがあるか把握しています。そのため、M&A仲介会社の担当者がパートナーとして隣にいれば、起こり得るトラブルを回避することができます。
たとえば、買収監査はM&Aの終盤にありますが、M&A仲介会社のM&Aアドバイザーは譲渡オーナーに対して初回面談の後の面談で『買収監査というものがあって、こういう点に注意が必要です。今から整理を始めましょう』といった助言を行います。これに限らず、M&Aアドバイザーはあらゆる場面でリスクとなり得る事柄を先回りして譲渡オーナーに伝え、リスクの芽をつぶしていきます。
ただし、M&A仲介会社はインセンティブで報酬を稼ぐという営業色が強い会社が多く存在すると思います。営業として数字を上げることばかりに必死になってしまいがちで、『会社を売りましょう』と強く来るM&Aアドバイザーもいますので、譲渡オーナーが信頼できるM&Aアドバイザーを必ず選ぶようにしてください。
私たちM&A worksは、M&Aのプロフェッショナルとしてお客様と真摯に向き合い、お客様が望む方向に共に歩んでいくことを一番意識しています。様々な方法を検討し、一生に一度かもしれないお客様のご決断に寄り添っていきます。
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(3)クロージング条件つきの株式譲渡契約等の締結
クロージング条件とは、端的に言えば、この条件を満たせば株式譲渡契約書を履行するということです。つまり、クロージング条件を満たせば、M&Aが成立しますという内容を設けた契約書を結ぶということです。これがなぜリスクのヘッジ(回避)につながるかというと、COC条項などは実際に取引先に話をしないと分からない、しかし、契約書を結んでいないのに勝手に取引先にM&Aをしますとは開示できないという両者のリスクの折衷案を模索するために採用される契約書の内容です。
(4)表明保証事項の充実
耳馴染みのない言葉かもしれませんが、表明保証を簡単にいえば、M&Aの譲渡企業が法務、税務、財務などの内容について真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証することです。ですので、一般的に表明保証の事項を充実させることができれば、リスクを把握しているということにつながるので、リスクヘッジ(回避)につながると言われています。
具体的な内容例が下記です。たとえば、譲渡側の表明保証である(対象会社の株式の存在)を見てください。ここには、株式の存在や別の株主がいないことなどが書かれており、これについてお互いがリスクを把握および承知したという内容になっているかと思います。表明保証には、これに限らず、さまざまなことを確認する要素がありますので、リスクを事前につぶすということにつながっています。
株主(譲渡側)の表明保証事項の例
【対象会社の株式の存在】
対象会社の発行済み株式は普通株式●●●株のみであり、新株予約権、対象会社株式に転換又は取得できる権利その他対象会社の株主構成及び資本構成に変動を及ぼすいかなる証券又は権利も設定若しくは付与されておらず、対象会社においてその決議もなされていないこと。
【財務諸表】
対象会社が、買主に対して交付した対象会社の貸借対照表及び損益計算書(試算表含む)は、日本において一般に公正妥当と認められる会計基準に従って作成されており、各作成基準日時点における対象会社の財政状況及び経営成績を適正に示していること。
など。
譲受企業の表明保証事項の例
【反社会的勢力からの断絶】
買主は、集団的に又は常習的に違法行為を行うことを助長するおそれがある団体またはそのような団体の構成員及びこれらに準ずると合理的に判断されるもの(以下「反社会的勢力」という)ではなく、反社会的勢力との間に直接・間接を問わず何らの資本・資金上の関係もなく、反社会的勢力が買主の経営に直接又は間接に関与している事実がないこと。
【法令等との接触の不存在】
買主による本契約の締結及び履行は、①法令等に違反せず、かつ買主に対する又は買主を拘束する判決、命令又は決定に違反するものではなく、②買主の定款その他の社内規則に違反するものではないこと。
など。
※「対象会社」とは譲渡企業のことを、「買主」とは譲受企業のことを指しています。
4. M&Aのリスクに強いM&A仲介会社の選び方
M&Aをご検討される場合は、リスクに対する知見を持っているM&Aアドバイザーを選んでください。本記事については、M&A上で起こるリスクの一部を記載しておりますが、企業ごとで内包するリスクはこのコラムでは書ききれないほど本当に多岐にわたります。M&Aアドバイザーとお話をされた際は、一般論に限らず、貴社に合わせたリスクがどのようにあるのかという話をされることで、その力量がよくわかると思います。また、M&Aアドバイザーの選び方ついては下記の関連URLをご参照ください。
■関連URL:M&Aアドバイザリーとは? 知らないと損! 本当に押さえるべき選び方と注意点7選
5. M&Aのリスクに関する相談でM&A worksがおすすめできる理由
M&Aにおけるリスクは、企業ごとによってさまざまです。そのため、経験のある専門家がじっくりと時間をかけてリスクを把握し、対応策を準備する必要があります。短期間での成約をうたっている仲介会社には注意を払わなければいけませんし、トラブルが起きているというのも事実です。
「安全なM&A」を実現すること
M&Aworksは、「安全なM&A」を実現することが最も大事な考えであり、チーム制で各企業におけるリスクや対応策について徹底して準備をします。
実際に他のM&A仲介会社で大きなトラブルに発展した企業様に対し、M&A worksは、
- セカンドオピニオンを提供すること
- 正しいスキーム(M&Aを実行するための手法)のアドバイスをすること
などが日常的にあります。
ここで、読者の皆様にお伝えしたいのが、適切な情報収集をされることです。どのような形で進めていくのか、リスクについての対応はどうか、などいろいろな会社に確認されることが良いでしょう。ぜひともその一先にM&Aworksを入れていただきたいと思います。
関連URL:M&Aworks 無料相談
6. まとめ
最後までお読みいただき、ありがとうございます。M&Aには多くのリスクがあることをご理解いただけたかと思いますが、それらのリスクを事前につぶすことで安全なM&Aを実現できる可能性が上がると思います。
これだけのリスクを事前につぶすというのは、相応のノウハウと経験が必要とされています。さらに、財務分析、ビジネスの分析、お相手様の情報、心情をしっかりと理解すること、交渉、このような多面的な能力を求められます。
M&Aworksには、このような多面的な能力を持つプロフェッショナルが揃っていますので、ぜひお気軽にご相談ください。
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