
同意なき買収(敵対的買収)のニュースを耳にし、ご自身の会社が標的となる可能性に懸念を抱く経営者の方もいらっしゃるかもしれません。望まない相手からの買収は、企業の独立性や経営理念を脅かす可能性があり、多くの経営者にとって回避したいリスクの1つです。こうしたリスクを回避するためには、あらかじめ適切な買収防衛策を講じておくことが重要です。
この記事では、一般的に知られている敵対的買収の防衛策について紹介します。個別の状況に応じた具体的な対応を検討される際は、必ず弁護士などの専門家にご相談ください。
1. M&Aにおける買収防衛策とは
M&Aには、「友好的買収」と「敵対的買収」の2つのタイプがあります。
友好的買収とは、買収対象となる企業の経営陣が買収について同意し、円満に手続きが進められる場合を指します。友好的買収の場合は、そもそも両社の合意のうえで手続きが進むため、買収対象企業が防衛策を講じる必要はありません。日本の中小企業のM&Aにおいては、譲渡側と譲受側が双方の合意のもと、良好な関係を築きながら進める「友好的買収」が一般的です。
一方、敵対的買収とは、買収対象となる企業の経営陣の同意を得ないまま、強行的に進められる買収を指します。敵対的買収では、買収を仕掛ける企業が株式公開買付け(TOB)等の手法を活用し、買収対象企業の経営陣の賛同を得ることなく株式を集めます。なお、株式公開買い付けとは、買収対象企業の経営権の取得等を目的として、買付価格や買付期間、買付予定株式数などを公告し、多くの株主から株式を買い取るものです。敵対的買収は、買収対象企業の意思に反して進められることが特徴といえます。
2. M&Aにおける買収防衛策10選
適切な買収防衛策を実施すれば、望まない買収から自社を守るうえで有効とされる場合もあります。
防衛策の具体的な内容は企業によってさまざまですが、主な防衛策としては買収を検討している企業の持株比率の希釈化や、優先株式の割当、従業員持株制度の導入など、経営権の確保を目的とする施策が挙げられます。
敵対的買収は、買収を仕掛けた側が株式を取得した後、株主総会を通じて経営権を取得することが多いため、敵対的買収が発生する前から対策を講じておくことが重要とされています。
(※以下で紹介する内容は、一般的に知られている買収防衛策の例であり、法律的な見解を述べるものではありません。実際の導入可否や対応は、必ず弁護士などの専門家にご相談ください。)
2-1. ポイズンピル(ライツプラン)
ポイズンピルは、敵対的買収を仕掛ける側の株式取得を困難にさせる防衛策です。この策を講じる流れとして、既存株主に対し、一定の条件下で新株を割安で購入できる権利(新株予約権)を付与します。買収を仕掛ける側が一定比率以上の株式を取得した場合、この新株予約権が行使されると、既存株主のみが新株を追加取得できるようになり、買収を仕掛ける側の持株比率が希釈化され、議決権の確保が難しくなるとされます。株価が変動する可能性もあり、既存株主への影響も無視できませんが、敵対的買収を事前に阻止する有力な手段の1つとされています。
2-2. 黄金株
黄金株とは重要事項について拒否権を持つ株式を指し、信頼できる第三者に付与されることが多い傾向にあるとされています。この黄金株を保有する者が、M&Aといった重大案件に対して拒否権を行使することが可能です。敵対的買収が発生した際に、黄金株保有者が拒否権を行使すれば、買収を阻止できます。
買収を検討している企業からすれば、買収後の経営が制約を受ける可能性があり、リスクが高まります。敵対的買収を実施する企業にそもそも買収を思いとどまらせる抑止力を持つとされています。
2-3. ゴールデンパラシュート
ゴールデンパラシュートとは、経営陣が退任することになった場合に多額の退職金を約束しておくものです。買収が成立した場合、経営陣は多額の退職金を受け取ることになり、買収コストが大幅に増加します。
買収を検討している企業はコストの増大を懸念し、買収する意欲が減退する可能性があります。ただし、株主にとっては高額な退職金の支払いが、株主価値を損なう可能性もあることを考慮しておく必要があるでしょう。
2-4. ティンパラシュート
ティンパラシュートは、M&Aに伴い従業員が解雇されるリスクを想定し、あらかじめ高額な退職金や就職支援を約束しておくものです。敵対的買収が成立した場合、従業員に多額の金銭を支払わなければならず、結果として買収コストが膨らんでしまいます。買収コストが増大すれば、買収する意欲の減退につながることが期待できるとされます。
ただ、この策は従業員への過度な保護につながる可能性もあります。買収を検討している企業による人員整理が前提とされていない場合、効果は薄れてしまう点にも注意が必要とされています。
2-5. MBO
MBO(マネジメント・バイ・アウト)は、対象企業の経営陣が主体となって自社の株式を買い取り、経営権を取得するものです。経営陣が主要株主や市場から自社株式を大量に買い取り、上場企業の場合は上場を廃止して株式の非公開化を図ります。企業が発行している大半の株式を保有することで、外部からの敵対的買収のリスクを回避できるのがメリットです。
ただし、MBOを実行するには経営陣に相応の資金力が求められます。そのため、実行できる企業に一定の制約がある点に注意が必要です。
2-6. チェンジオブコントロール(COC)条項
チェンジオブコントロール条項は、企業の経営権が特定の事由により移転した際に、取引先との契約が解除されたり、借入金の一括返済が求められたりする条項です。敵対的買収に伴い経営権が譲受企業に移れば、この条項を発動できます。
取引先の喪失や借入金返済の負担などから、経営に重大な支障をきたす可能性が生じるため、買収する意欲を大きく減退させることがあります。
2-7. ピープルピル
ピープルピルは、敵対的買収が成立した場合に、企業の中核を担う人材(経営幹部や重要な技術者など)が一斉に退職することを事前に定めておく防衛策です。核となる人材や経験豊富な社員など、会社の業務を支える人的資源が欠けてしまえば、企業価値が大きく低下してしまうかもしれません。そのリスクを買収側が懸念し、買収を思いとどまるのが狙いです。特に人的資源が強みの会社ほど、この防衛策の効果は高まるとされています。
ただ、実際に人材が退職すれば、企業に大きな損失が生じてしまいます。人材の流出リスクと、企業の存続のメリットを天秤にかけて策定する必要があります。
2-8. プットオプション
プットオプションは、一定の期間内に、あらかじめ定められた価格と数量で、特定の資産(株式など)を売却できる権利を指します。株主にこの権利を付与すれば、敵対的買収が実行された際に、株主は高値で譲渡企業に株式を売り渡すことが可能です。その結果、買収コストが大幅に増大し、買収する意欲が低減する効果が期待されます。ただ、株主が株式の売却を行使すれば、譲渡企業に多額の資金負担が発生してしまうため、株主と企業の双方のリスクを慎重に見極める検討が必要といえます。
2-9. 絶対的多数条項
絶対的多数条項は、重要な議案の決議要件を通常より高い水準に設定しておく防衛策です。例えば、取締役の選解任には通常の3分の2という水準よりも高い賛成が必要になるよう定款に記載しておく、といったものです。これは、買収側に経営権を簡単に手に入れられないよう、意思決定のハードルを上げておくのが目的です。
ただし、この条項が設けられているがゆえに、本来であれば承認されるべき重要案件が通らなくなるリスクもあります。株主の権利を不当に制限してしまわないように、適切に運用される必要があるといえます。
2-10. 全部取得条項付株式
全部取得条項付株式は、株主総会の特別決議等を経て、会社がその株式を取得することが可能となる仕組みです。敵対的買収が発生した際、この条項を活用することで、買収を仕掛けた企業を含む全株主から保有株式を会社が取得し、経営権の取得を阻止できる可能性があります。
ただ、会社によって株式が取得されることで、株主の意思に反する結果となる可能性があります。防衛策の反面、株主の権利を制限しかねないリスクも併せ持つため、その運用には慎重な判断が必要とされます。
3. 敵対的買収後にできる買収防衛策4選
敵対的買収を仕掛けられたあとも買収対象企業はさまざまな防衛策を講じることが可能です。ここでは、敵対的買収後に、買収対象企業が自立を保つために有効な4つの防衛策を紹介します。
3-1. クラウンジュエル
クラウンジュエルは、買収側が主要な目的とする収益性の高い事業や重要な資産を、あらかじめ第三者へ売却してしまう防衛策です。これにより、買収対象企業の魅力を低下させ、買収側の意欲を削ぐ狙いがあります。しかし、資産移転によって株主の利益が毀損する可能性があるため、株主との整合性を保った判断が必要とされています。
3-2. パックマンディフェンス
パックマンディフェンスは、敵対的買収を仕掛けられた企業が、反対に買収を仕掛けてきた企業の買収を試みる防衛策です。この防衛策は、買収者が逆に買収されるリスクに直面することで、当初の買収計画を中断させる目的があります。この防衛策では、過半数の株式取得を目指すのではなく、買収を防ぐために必要な最低限の株式比率を目標とします。成功すれば強力な抑止力になりますが、資金的な余力がなければ実行は難しいとされています。
3-3. 資産ロックアップ
資産ロックアップは、買収対象企業が持つ特定の資産について、一定期間の売却を禁止することによる防衛策です。敵対的買収を試みる側のなかには、買収後にその企業の資産を売却し、短期的な利益を得ることを目指すケースがあります。そこで、一時的な資産売却の禁止条項を設けることで、そうした動きを防止できるとされています。
これが実現すれば資産の現金化が難しくなり、買収意欲が低下する効果が期待できます。ただ、資産ロックアップ中は、譲渡企業にも資産の自由な売買が制限されるデメリットもあるため、運用には注意が必要とされています。
3-4. 第三者割当増資
第三者割当増資は、特定の第三者に対し、新株や新株予約権を割り当てる防衛策です。この防衛策を実施することで、株式の新規発行数を引き上げられます。その結果、買収を検討する企業は株式を引き取るために多額の資金が必要となり、買収に必要な資金を用意できなくなる可能性があります。
ただし、既存株主の持株比率が希釈化するデメリットには留意が必要とされています。
4. まとめ
敵対的買収から企業を守るには、事前の備えが大切です。自社を存続させるために、法務・税務については顧問弁護士や税理士といった専門家に相談し、自社に適した対応を検討することをおすすめします。
また、M&Aに関する専門知識をお求めの方は、実績のあるM&Aコンサルタントが在籍するM&A worksにご相談ください。お客様の思いを正確にくみ取ったうえで、真摯に対応させていただきます。
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